「え?」
「へ? ええっ!? な、な、なにをいきなりっ!!」
「いいから、好きなようにしてみろって」
「え、あの、ゼ、ゼフェル様!?」
「す、好きなようにって…で、でも」
「ゼフェル、いきなりなに言いだすの! ランディももうっ、動揺してる場合じゃないでしょ! こういう時こそゼフェルを怒らなきゃダメじゃないかっ!」
真っ赤になっておろおろするだけのランディとアンジェリークをよそに、マルセルは可愛い顔を精いっぱいしかめて、ゼフェルに詰め寄った。だがゼフェルは面倒くさそうに眉をひそめると、マルセルの身体を押しのけて、ランディに向って声を掛けた。
「別に、本格的になんかしろとは言ってねーだろ。ちょっとそいつの手を捻るくらいでいいっつうの」
「えー、イヤですよぅ!」
「そうだ! そんな事、出来るわけないだろう!」
「だーっ、うっとうしい! いいから強く握ってみろって!」
ゼフェルがかんしゃくを起こしかけているのに気がついたランディは、ちらりとアンジェリークに視線を向け、やがて軽く溜息をつくと彼女の手をとった。そしてびくりと身体を震わせるアンジェリークを見つめ、申し訳なさそうに眉をひそめた。
「ごめん、アンジェ。ちょっと握るだけだから。絶対、傷とかつけたりしないから、我慢してくれないか?」
ランディの言葉に、やがてアンジェリークは小さな声で「…わたし、ランディ様を信じてます」と呟いて、こくんとうなずいた。
「ありがとう。…じゃ、いくよ」
「…はい。お願いします」
「…オメーら、たかが手を握るくらいでなげーっつうの」
ゼフェルが呆れてため息をついたと同時に、ランディはアンジェリークの手についた鈴ごと、手首をぎゅっと握った。
「うわっ!!」
アンジェリークが緊張した面持ちで目を閉じたと同時に、ランディは弾かれたように彼女の手を放して後ろへのけ反った。そのまま床に座り込むと、唖然としているアンジェリークの手首と自分の手を交互に見比べ、やがて怒りの表情を浮かべてゼフェルに向き直った。
「ゼフェルっ! 鈴にいったい何をしたんだっ! すごく熱かったぞっ!」
「実験成功。さすが、オレの計算に狂いはないぜ」
喜々として言い放つゼフェルを、目を細めて見上げながらマルセルは口を尖らせた。
「ゼフェル、もしかして、この実験させるためにランディを呼んだの?」
「お、いいとこに気がついたじゃん、マルセル。お前だってやりたくねーだろ?」
「…まぁ、そうだけど」
ぽつりと呟くと、マルセルはランディに駆け寄り、驚いているアンジェリークの手から首輪を外そうと手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めて振り返った。
「ゼフェル、これ、どうしたらいいの?」
「一回電流が流れちまったら、もう触っても大丈夫だぜ」
ゼフェルは自信満々に言い切ったが、マルセルは不安げな表情でアンジェリークの手首をじっと見つめていた。やがて彼は顔を上げると、ようやく立ち上がったランディに視線を移した。
「ランディ、これ外してあげて」
「え? 俺が?」
驚いて自分を指差すランディに、マルセルはこくりとうなずいてみせた。
「大丈夫。一度電気が流れたら、もう感電しないんだって」
「あ、ああ。うん、それじゃ」
なんとなく腑に落ちないが、それでもランディは黙ってマルセルの言葉にしたがった。
「マルセルのヤロー、オレの発明品、信じてねぇな」
ぶ然とした表情でゼフェルは腕を組んだが、その声はとても小さくて、ランディの耳には届かなかった。
「このリボンの裏、見てみな」
ゼフェルは、アンジェリークの手首から外した首輪を自慢げに裏返し、小さなボタンのようなでっぱりを指差した。
「ここが押されるとリボンの中に入れた細い線を通って、鈴から電流が流れる。リボンの裏側はゴム製だから、つけている本人に危険はないが、外からちょっとでもここに触れたら感電するって仕掛けだ」
「すごいな」
ランディが、心底感心したようにつぶやいた。どうやら、先ほど自分が実験台にされたことなどすっかり忘れたらしいところ、彼の愛すべき短所でもある。
「今は実験だったからごく微量にしてみたけど、最大5000Vまで調節できるすぐれモンだぜ」
ゼフェルの説明に、マルセルは首を傾げた。
「5000Vってすごそうだけど、どのくらいなの?」
するとゼフェルは、にやっと笑いながら口を開いた。
「そんな大したことねーぜ。せいぜい雷くらいってとこだ」
「すごすぎですよっ!」
「触ったら死んじゃうじゃないかっ!」と詰め寄るランディに、「オスカーだったら、これでも少なすぎるくらいだろ!」とメチャクチャな理屈で反撃するゼフェル。
そんな二人を呆れたように見ながら、マルセルはため息をついた。
「でもさ、こんなのつけてても、オスカー様がロザリアの首に触れなきゃ、意味がないんじゃないかなぁ」
「触るに決まってっだろ! あいつなら絶対やるっ!」
やけに力説するゼフェルに視線を向け、アンジェリークは首を傾げた。
「どうしてそこまでいい切れるんですか、ゼフェル様?」
アンジェリークの問いかけに、ランディの襟首を掴んでいたゼフェルの動きが止まった。
『ま、まずい。まさか、オレだったらぜってー触るから、とは言えねぇ』
心の葛藤としばらく戦ったあと、ゼフェルは矛先を変えることにした。目の前のランディに改めて向き直ると、口の端だけを持ち上げて無理な笑顔を浮かべてみせる。
「男ってのはそーいうもんなのっ! なぁランディ、おめーだってそーだろ? アンジェリークの首とか、触ってみてぇとか思ってんじゃねーのか?」
「なっ!!」
途端に真っ赤になったランディに、アンジェリークも頬を赤らめながら抗議の視線を送った。
「……そうなんですか、ランディ様?」
「え、いやっ! お、俺はそ、そんなことっ!」
じりじりと詰め寄るアンジェリークにランディをまかせ、ゼフェルはほっと息を吐くと、ソファにどっかと座り込んだ。するとその背後から忍び寄ったマルセルが、ゼフェルの耳元に口を寄せてささやいた。
「ね、なんでわかるのさ、ゼフェル?」
「どわっ! お、おめー耳元でしゃべんなっ! 気色ワりーだろっ!」
「じゃあ教えてよ、そうしたらやめるから」
むうっと頬を膨らますマルセルは、最近大人びてきたとはいえ、やはりまだまだ子供なのだろう。
だが子供ほど、真実を追究するためにしつこく食い下がってくるものだ。ゼフェルは鳥肌の立った腕をこすりながら立ち上がると「いいんだよ、子供はまだ知らなくて!」と叫び、「もうっ! ゼフェルだって子供じゃないかぁ!」と叫び返すマルセルを残して、そそくさと扉に向った。
「逃げるの!?」
「るっせー! 水飲んでくんだ、水っ!」
水を飲んだあと、さてどこで時間を潰そうかと考えながら、ゼフェルは喧騒収まらない居間を後にした。