誰がために鈴は鳴る

(5)-日の曜日/午前-

オスカーの屋敷を訪ねたアンジェリークは、彼が不在だということを執事に聞かされ、隣にいたランディと顔を見合わせた。

だがすぐに、不信感を持たれないようにとあわてて向き直り、出来るだけ落ち着いて見えるように気をつけながら「あの、じゃあブルーアイも一緒に出かけてるんですか?」と、さりげなく訊ねた。

すると執事は品のよい笑顔を浮かべ、軽く首を振った。

「いいえ、あの子猫でしたらおりますよ。アンジェリークさんがもしも訊ねていらっしゃったら、一緒に遊ばせてあげてくれと、申しつかっております。どうぞ、お入り下さい」

「本当ですか? あの、俺もいいんでしょうか?」

ランディが意気込んで再度聞き返すと、執事はくすりと笑う。

「もちろんですよ、ランディ様。守護聖様の来訪をお断りしては、私が主に怒られてしまいます」

アンジェリークとランディはもう一度顔を見合わせると、今度はにっこりと笑い合い、後ろを振り返って大声を出した。

「ブルーアイ、こちらにいるそうでーす!」

「ゼフェル、マルセルっ! 入っていいってさ!」

すると玄関の柱の陰から、ひょっこりと二人の少年が姿を現わした。そして執事が驚いている前を、アンジェリークとランディが「お邪魔しまーす」と言いながら横切り、その後にすぐマルセルとゼフェルが「お邪魔します。わぁ、広いなぁ!」「邪魔するぜ」と言いながら続いた。

執事はしばらく、四人の子供たちの背中をあぜんとした表情で見送っていたが、すぐに優しい笑みを浮かべると、開いたままだった扉をゆっくりと閉じた。

 

「にゃあ?」

ブルーアイはとつぜん現れた四人を交互に見比べ、小さく首を傾げた。そんなブルーアイの目の前に座り込むと、アンジェリークは彼女の頭を撫で始めた。

「うわぁん、やっぱり可愛いなぁ、子猫なロザリアってぇ」

するとブルーアイは驚いたように目を見開き、すぐにアンジェリークの手をたしっ!と払いのけると、精いっぱい首を伸ばしてニャーニャー泣き始めた。

「え? ああ大丈夫よ。皆さんご存知だから」

「にゃにゃっ? にゃーにゃにゃにゃーーーっ!」

「うん。えへへ、喋っちゃった」

「にゃっ!? にゃにゃにゃあにゃにゃなーっ!」

「だって、ちゃんと説明しなきゃ協力してもらえなかったんだもん」

「にゃにゃにゃおーん!」

「えーとね、後はルヴァ様とオリヴィエ様とリュミエール様、かな」

「……なぁーお」

ため息をついているらしい子猫の前で、座り込んで話し込むアンジェリークを見つめ、少年守護聖達は呆然と立ち尽くしていた。やがてランディが恐る恐る足を進め、アンジェリークの隣にしゃがむと、彼女の顔をまじまじと見つめた。

「あのさ、アンジェ。……言葉、わかるのかい?」

「あ、はい。と言っても、はっきりわかるわけじゃなくて、なんとなくこう言ってるんだろうなぁ、ってぐらいなんですけどね」

「それでも、すごいよ」

感心したように漏らすと、続いてマルセルがアンジェリークの隣に腰を下ろした。そしてブルーアイの頭を優しくなでると、にっこりと笑った。

「こんにちは、ブルーアイ。それとも、ロザリアって呼んだほうがいいかな? この前はごめんね、君を迷わせるようなこと言っちゃって」

「なぁーお。うにゃあ」

「ううん、いいよ。君が決めたことなんだから、僕のことは気にしないで」

マルセルが首を振りながら答える様子に、ランディは再び目を見開いた。

「え? マ、マルセルもわかるのか?」

「うん、僕もなんとなくだけどね」

「そ、そうかぁ。二人ともすごいな。俺なんかさっぱりわからないのに」

「ふつーはわかんねぇっての。こいつらが特別なんだって」

言いながらゼフェルはマルセルの隣にしゃがむと、ブルーアイを見おろして微かに笑った。

「よぉ、久しぶり。ずいぶん可愛く変わっちまったじゃん」

「にゃーぁお」

ブルーアイは小さく鳴くと、ゼフェルの膝をかりっと軽く掻いた。どうやら、ゼフェルの言葉に抗議しているらしい。

ゼフェルはくっと笑うと、少し乱暴に子猫の頭をくしゃくしゃと撫でた。マルセルが驚いて止めようとするが、意外なことにブルーアイは、目を細めてほんの少し迷惑そうな顔をしながらも、おとなしく頭を撫でられている。

しばらくするとゼフェルは、ぽんぽんと優しく子猫の頭を叩いてから、すっと手を引いた。

「おめー、戻るまでここにいるって決めたんだろ。だったらさ、悔いのないようにしろよな」

ブルーアイは顔を上げ、じっとゼフェルの赤い瞳を見つめ返している。そのつぶらな瞳が、紛れもなくロザリアのものだったので、ゼフェルは急に胸が痛くなった。

だが、その痛みを無理矢理押さえつけ、きゅっと唇の端を持ち上げた。

「姿が変わっても、おめーはロザリア・デ・カタルヘナだろ? あの高慢ちきなお嬢様はさ、高飛車なだけじゃなくて、ちゃんと自分の意思を最後まで貫く、女にしとくにはもったいねーいいヤツなんだぜ。だからよ、おめーも人間だったころのこと忘れねーでさ、せいぜい頑張ってみな」

「……なぁーお」

おとなしくゼフェルを見上げていたブルーアイは、やがて彼の言葉に応えるようにしっかりと鳴いた。

ありがとう、ゼフェル様。

いつも、いつもあなたは、わたくしを励ましてくれた。

言葉は乱暴だけど、態度だってぶっきらぼうだけど、あなたが本当はとても優しくて、頼れる人だということを、わたくしは知っている。

面と向かって言うと、素直に受け取ってもらえないから言わないけれど、わたくしも恥ずかしくて言わないけれど。

いつも、いつだって、あなたに感謝しています。

側にいてくれて、ありがとう。

話を聞いてくれて、ありがとう。

わたくしを認めてくれて、ありがとう。

そして……ごめんなさい。

ブルーアイは、想いをこめてゼフェルを見上げた。

ゼフェルはしばらく子猫を見おろしていたが、やがて微かに微笑むと、ごそごそとポケットから何かをとりだした。そして、きちんと座って自分を見ているブルーアイの首に手を回すと、リボンを丁寧に結んでから、もう一度子猫の頭をぽんと叩いた。

「んなぁお?」

「プレゼントつーより陣中見舞い、やるよ」

ブルーアイが首を傾げた途端、青いリボンの真ん中で鈴がリリンと可愛らしい音を立てた。

「うわぁ、可愛いっ!」

アンジェリークが悲鳴に近い声をあげながら口元を押さえ、マルセルも「うん、すごく可愛いよ、ロザリア」と満面の笑みを浮かべた。ランディもにこにこと微笑みながら「俺、犬の方が好きだったけど、なんか猫も可愛くていいなぁ」と照れ臭そうに呟いた。

その光景を、どこか遠くの世界の出来事のように、ゼフェルは黙って見つめていた。

その中で、子猫の姿だけがやけに鮮明に見えていたが、ゼフェルはきゅうと口を引き結ぶと、手の中にあった鈴と同じように、その想いもゆっくりと手放した。