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いつか花が咲くから

(2)

相手の力量は初太刀でわかる。そう、父に教えられた。

だが、それは嘘だ。初太刀なんかじゃない、打ち合う前にもうわかってしまう。

これだけ実力の差があれば、なおのこと。沖田の構えを見た途端、鈴花は身体中が震えて動けなくなってしまった。

それでも、なんとか向っていったのは、勇気と言えようか。いや、今となってはただの無謀。身の程知らずの愚か者なだけだ。

小手をびしりと叩かれ、その鋭さ重さに腕がしびれ、思わず木刀を落としてしまった。痛む手首を押さえてうずくまると、その首筋にひやりとした木刀の切っ先が突きつけられる。

「早く拾ってください。まさか、もう終わりだなんて思っていないでしょうね?」

「……でもっ」

実力の差はもう明らかだ。これ以上続けたところで、鈴花が勝てる可能性など生れるわけもない。

だったら、早く終わらせて欲しい。自分の惨めさ、至らなさを、これ以上味わせないで欲しい。

そう願い、鈴花は思わず俯いてしまった。そうすれば、沖田は刀を収めてくれると思ったからだ。だがその願いとは裏腹に、鈴花に下されたのは、右の肩への沖田の鋭い一撃だった。

「いっ、痛いっ!!」

「立ってくださいよ。貴女は道場の跡取りだったんでしょう? こんなに簡単に負けを認めていいんですか?」

そう言うと沖田は、先程とは逆の肩に木刀を振りおろした。

「っつっ!」

「桜庭さん、このままだとなぶり殺しですよ。最初は利き腕、次は逆の腕。ほらほら、首を取られていいんですか?」

「うっくっ!」

手加減はしない、と沖田は言った。それは鈴花も承知していたはずだ。

だがこうして容赦なく木刀で叩かれると、ちっぽけな覚悟など痛みで簡単に飛んでいってしまう。

ひたすらに身体を縮めるだけの鈴花を見おろし、沖田は表情を変えずに太刀を何度も振りおろした。

「お次は右足、左足……どうしたんです、早く反撃しないと」

言葉通りに沖田は鈴花を攻撃しつづけ、やがて痛みに堪え兼ねて床に頭をたれた彼女の白いうなじに、木刀をあててそっと撫でた。

「そして……首」

「……う、うっ」

「どうです? 切り刻まれて殺された気分は?」

うなじに当てられた木刀の先がまるで真剣の切っ先のように感じられ、鈴花は痛みと混乱と恐怖で吐き気が込み上げてきた。

「お、きた…さ……わ、たし、もう……」

「死体は言い訳できませんよ。まして貴女の首は、もう胴に繋がっていないんですから」

沖田の冷ややかな言葉に、鈴花は思わず喉元に手を当てた。

呼吸が苦しい。繋がっているはずの気道に、空気が入ってこない。

そう感じたとき、鈴花はその場で吐いていた。吐いて吐いて、もう何も出てこなくなり、ただ苦い胃液が逆流している状態になっても、吐き気は止まらなかった。

「……げ、ほっ…はぁっ……う、うっ……」

冷たい床にうずくまってひたすらに吐き続ける鈴花を、慰めるでもなく嫌悪するでもなく、沖田はただ見つめていた。

「桜庭さん、貴女は『覚悟した』と言いましたね。でも僕にはわからなかったな。それとも、はなから殺される覚悟をしていたんですか?」

そう言いながら彼はゆっくりと木刀を降ろし、鈴花を見おろしたまま呟いた。

「だとしたら迷惑ですよ。ここには貴女のような弱い人は必要ない、邪魔なだけです」

沖田の言葉に、鈴花は反論できなかった。ただ、涙が後から後から込み上げ、顔を上げることもできない。

「貴女の罪は負けたことじゃないですよ。僕が許せないのは、貴女が諦めたことです。諦めて、慈悲をこえば助かると思った。その甘さが、僕は許せないんです」

そう言い残すと沖田は、くるりと背を向けて歩き出した。まるで鈴花の存在など知らぬ、と言わんばかりに背を向け、完全に自分を拒絶している沖田に、鈴花がかけられる言葉などあるはずもなく。

そうして、独り道場に取り残された鈴花は、うずくまったまま肩を震わせた。いつの間にか、身体の痛みは忘れていた。ただ心が――胸の奥が、押しつぶされそうに痛くて苦しい。

自分の思い上がり。口先だけの覚悟。沖田に背を向けられて、初めて分かった自分の愚かさが。痛くて悔しくて、肩を震わせ俯いたまま、声を張り上げて泣いた。