「レイン……ちょっと、いいかな?」
開け放したままのドアを律儀のノックするジェイドの声に、レインは椅子ごとくるりと振り返ると、右手を頭の後ろに回して首筋を軽く掻いた。
「ああ、いいぜ。散らかってるけど」
軽く返してから、神妙な面持ちで部屋の中に入ってきたジェイドの様子がおかしいことに気がつき、レインは途端に表情を引きしめた。
「……どうした? また身体の調子がヘンか?」
「あ、ううん。身体は大丈夫だよ……あ、でも……うん、もしかしたら、また壊れかけてるのかもしれない」
呟くとジェイドは目を伏せ、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。
「レイン。俺は機械だから、一度見たことは忘れない。逆に言うと、見たことのあるものしか認識できないはずなんだ。だから今までも、俺が見る夢はいつだって、過去に自分が体験したことや見たことがあるものだけだったんだ」
ジェイドにベッドの端に腰掛けるように促すと、レインは椅子の上で足を組みながらうなずいた。
「ああ、それは前に聞いた。お前が見るいわゆる『夢』っていうのは、身体の多くの機能が休んでいるときに、脳が取り入れすぎた情報を整理するために見る人間の夢と同じで、一種の情報処理作業だ。情報として取り入れた現実を、想像力で変化させてしまう人間とは、見る内容は違うけどな」
「そう、その通りだよ……なのに」
ささやくようにぽつりと漏らし、押し黙ってしまったジェイドをじっと見ていると、やがて彼は決意したように顔を上げた。
「最近、夢を見るんだ。……アンジェリークの夢を」
「別におかしくないさ。お前はあいつを知ってるんだし」
「でも、小さいアンジェじゃないんだ」
「それも問題なしだな。お前の過去のメモリーに、あいつの姿はすでにインプットされてるんだから」
小さくため息をつきながらレインが答えると、ジェイドは下唇を軽く噛んだ。そしてゆっくりと首を振ると、ひたっとレインを見つめた。
「メモリーから引き出した情報じゃない。俺は、彼女のあんな姿を見たことはないから」
「……あんな姿?」
怪訝そうに眉をひそめるレインに対し、ジェイドはきっぱりと言い放った。
「アンジェが泣いてるんだよ。たった一人で、真っ暗な中で……」
「それは……ずいぶんと意味ありげな夢ですね」
呟くとニクスはあごを撫で、ゆっくりと瞑目した。
「アンジェが小さくなったばかりの頃は見なかった。けど、最近になって毎晩のように同じ夢を見るんだ。その度に、彼女が泣いてるんじゃないかって部屋を見に行ったんだけど、アンジェはおとなしく眠ってて……」
ジェイドが告白すると、レインはぎょっとなって彼の顔を見返した。
「お前、夜中にアンジェリークの部屋に行ってたのか?」
「うん。でもうるさいと遅くまで勉強しているレインに迷惑だろうから、いつも足音は消していたけどね」
ジェイドの言葉に「……全然、気がつかなかった」とため息をつくレインの様子に、ヒュウガはニクスの方へちらりと視線を送った。
「聞いただろう、ニクス。やはりレインは研究に没頭すると、外界の情報をまったく遮断してしまうのだ」
「……まぁジェイドは特別ですから。それにアンジェリークが幼いので危機感を持っていない所為、ということにしてあげましょう」
「……なんの話だ?」
ニクスとヒュウガのやりとりに、不満げな声を漏らすレインだったが、ヒュウガは相変わらず無表情で答えようとはしないし、ニクスは「大人の話です」と笑顔を浮かべながら言うだけなので、いっこうに埒があかない。やがて二人を問いつめるのを諦めたレインは、矛先をジェイドに向けた。
「話を元に戻そう。ジェイド、その夢の中のアンジェリークは、なんで泣いてるんだ? なにか手がかりになりそうなことを喋っていたり、行動したりしてないか?」
「……なにも。暗い中で、独りぼっちで……ただ泣いてるんだ」
辛そうに呟くとジェイドは顔を上げ、仲間たちをゆっくりと見回しながら口を開いた。
「俺はどうすればいいのかな。どうしてこんな夢を見るんだろう? 彼女はどうして欲しいんだろう? それとも……やっぱり俺は壊れてしまったのかな?」
「ジェイド。貴方がその夢を見るようになる前に、彼女は姿を変えている……これはまぎれもない事実です。ですから、貴方が壊れたのではなく、その夢は彼女からのなんらかのメッセージだと考えた方が、我々からすると納得がいくのですがね」
「アンジェからの、メッセージ……」
ジェイドが呟くと、レインが小さくうなずきながら腕を組んだ。
「そうだな……アンジェリークは、なにかをお前に伝えたいんだろう。けど、小さくなった自分の口からは上手く伝えられない。だから、そうやって夢を使って伝えようとしてるんじゃないのか?」
その言葉にニクスもうなずき「彼女は女王の卵ですから、あるいはそれくらいの奇跡は起こせるかもしれませんよ」と言って、ジェイドを元気づけるように微笑んだ。
「その女王の卵が、原因がわからず小さくなってるんだぜ? その説明はどうするんだよ?」
そう言ってレインは足を組み替えると、テーブルに頬杖をついた。すると今まで黙って何か考え込んでいたヒュウガが、我に返ったように顔を上げて口を開いた。
「……レイン。もしかしたら、彼女があのような姿になったのも、あるいは女王の卵だから、ということでわかるかもしれんぞ」
「どういうことだ?」
不思議そうに首をかしげるジェイドに向き直ると、ヒュウガはゆっくりと話し出した。
「セレスティザムで過去の文献を調べていた時に、ディオンが見つけたのだが……遠い昔の女王の中には、どうも時間を操る力を持った方もいらしたらしいのだ」
「時間を?」
レインが呟いた途端、ニクスの顔に一瞬暗い影が落ちたような気がしたが、それはすぐに消え去った。
「ああ。だがそれほどの力を持った女王は稀であったようだし、仮に操れたとしても、行使するには膨大なエネルギーを必要としていたようだ。それこそ命を落としかねないほどの……な」
ヒュウガの言葉に、ジェイドは身体を乗り出すように腰を上げると、思わず声を荒げた。
「じゃあ、アンジェはっ!?」
「落ち着け、ジェイド。俺は女王の力の可能性として言ったまでだ。現実に彼女は、姿こそ変えてはいるもののすこぶる元気だ。だが……もしも」
ヒュウガは不意に口をつぐんだ。するとその言葉の先を、同じように考え込んでいたレインが引き取る。
「アンジェリークが望んであの姿になったのなら……元に戻るのは、あいつ自身が望んだとき、ってことか」
「アンジェが小さくなることを願ったって言うのかい?……でも、どうして?」
ジェイドが呆然とした様子で呟くと、瞑目して仲間たちの意見を聞いていたニクスがゆっくりと目を開いた。
「それを突き止められるのは……ジェイド、恐らく貴方だけでしょう。アンジェリークは夢を通じて、貴方に助けを求めているのですから」
「ニクス……」
ジェイドは振り返り、ニクスをじっと見つめた。それからレインとヒュウガの顔を交互に見たあと、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。上手くいくかわからないけど、出来るだけのことはしてみるよ。俺も彼女を助けたい……絶対に」