太陽がいっぱい

(2)

二人の後ろ姿を見送ったニクスとレインだったが、しばらくしてニクスはくすりと笑いを漏らしテーブルの方へ歩み寄った。

「――という訳で、レイン君」

言いながらソファに腰かけたニクスは、おもむろにティーポットに手を伸ばした。

「彼らのお言葉に甘えて、我々はお茶でもいただきながら待っていることにしましょう」

「あ、ああ」

ちらちらと二人が消えたキッチンのある廊下の方を気にしながら座るレインを横目で捉えながら、ニクスはゆっくりと紅茶をティーカップに注いだ。

「それほど気になるのなら、二人を手伝ってきてはどうです?」

「あ、ああ………あ、い、いやっ! オレは別にっ!」

ぼうっとした表情で返事をしたレインは、すぐに我に返ると頬をさっと朱に染め、照れ隠しか気まずそうに眉をひそめながらどすんとソファに腰かけた。

「ベ、別に気になるとかそんなんじゃない。ただジェイドは本当に人間臭いなって思っただけで、そこが科学者としてだな、ちょっと興味があって……」

「では、そういうことにしておきましょう」

くすくすと笑うニクスから、ティーカップを奪い取るように受け取ったレインは、渋面を浮かべたまま紅茶をぐいっと煽った。

そんなレインを笑みを浮かべつつ眺めていたニクスは、やがて自身もティーカップに手を伸ばして優雅に持ち上げ、ルビー色をした液体を見つめた。

「まぁ……レイン君の気持ちも、わからなくはないですが」

レインはティーカップから口を離すと、ニクスの方を向いた。するとニクスは紅茶を一口飲んでから、ティーカップを両手で抱えるようにしてゆっくりと廻した。

「彼女…アンジェリークですが、あのオレンジと小麦粉をもらった途端、ジェイドの話しかしなくなりましてね。彼は喜んでくれるだろうか、どんなお菓子を作ってくれるだろうか、一緒に何を作ったらいいだろうか、と、まぁ……私の存在など、まったく忘れてしまったかのようでしたよ」

そう言ってニクスはティーカップをテーブルに戻すと、テーブルに両肘をついて顎を撫でながら、苦笑交じりのため息をついた。

「仲良きことは美しき哉、と言いますが……さて、それを見せつけられる方はといえば、いささか複雑な心境にもなろうというものです」

「は……ははは」

ニクスの言葉に図らずも同意してしまったレインは、乾いた笑いを浮かべると、しばらくティーカップの中身を見下していた。が、やがてそれをひょいと持ち上げると、中身をぐいっと飲み干し、再びテーブルに戻して小さくため息をついた。

「……二人とも周りを気にしないというか、見えていないというか」

「もっと言わせてもらえれば、おそらく当人同士が一番気がついていないのでしょう。お互いの気持ちにね」

「だから余計、始末が悪いんだ」

「まったくです」

そう言ってしばらく黙っていたニクスだったが、やがてくすりと笑った。それを見とがめたレインは、怪訝そうに首を傾げてニクスに視線を移す。

「なんだ、何がおかしいんだ?」

「いえ……ただ、面白いものだなと」

「面白い?」

「ええ」

ニクスはレインに向き直ると、まるで教師が生徒に説明するように、ゆっくりと話し始めた。

「そもそもジェイドは人ではないのですから、その彼に対して人間特有の感情について我々が議論をするというのは、どうにもおかしな話だと思いましてね」

ニクスの言葉に、レインは思わず腰を浮かせて身を乗り出したが、ニクスは手を上げることで彼を制した。

「怒らないでください、レイン君。私は別に、ジェイドを差別しようとか、そういった気持ちから言ったのではないのですから」

「なら、どういう意味だよ?」

渋面を浮かべて座り直すレインの様子に、ニクスは微かな笑みを浮かべた。

ついさっきまで、ジェイドとアンジェリークのことを複雑な心境で話していたというのに、いざとなるとジェイドのことを養護しようとする。そんな彼の優しさと不器用な若さが、ニクスにはなんとも懐かしかったり羨ましかったりしたからだ。

「過去の偉大なるアーティファクトなるがゆえか、はたまたあの二人だからこそなのか……そうやって突き詰めていくと、辿り着くところはいつも同じであると思ったのです」

「同じ…?」

レインが訪ね返すと、ニクスはゆっくりうなずいた。

「そう、同じです。人は、己に理解しがたいことが起こると、その出来事をいつもこう呼ぶのです。『これは奇跡だ』とね」