太陽がいっぱい

(1)

「どう、俺の勝ちだろ?」

ジェイドの前に並べられたカードと、にこやかに微笑む彼の顔を苦々しげに見比べてから、レインは手にしていた自分のカードをテーブルに軽く投げた。

「わかった、降参! オレの負けだ」

「やっと認めたみたいだね」

小さくうなずいたジェイドは、カードを片づけながら笑った。

「うーん……それじゃあ明日、サルーンと階段辺りの掃除を手伝うってのはどう?」

ジェイドの申し出に、レインはソファの背もたれに寄りかかっていた上体を軽く起こした。

「なんだ、そんなのでいいのか?」

「そんなのって、やってみるとけっこう大変だよ」

「いや、オレはもっとすごいことを要求されると思ってたから…でもまぁジェイドだしな、そんなおかしなことは罰ゲームにしないか」

「ニクスにはすごいことを要求されるんだ?」

ジェイドが笑いながらカードを箱に戻すと、レインはテーブルに肘をついて顔を背けながら眉をひそめた。

「あいつは、絶対オレのことを、自分のオモチャかなんかだと思ってる」

「それってつまり、ニクス流の愛情表現だね」

「いらないって、そんな歪んだ愛情」

「あはははっ」

楽しそうに笑うジェイドをしばらく見ているうちに、いつの間にかレインの眉間のしわも消えていた。 しばらくして「お茶でも入れてくるよ」と立ち上がったジェイドを見上げ、レインはぽつりとつぶやいた。

「…ジェイド、お前さ」

「ん、なんだい?」

「普段はそうなのに、いざ勝負となると完全なポーカーフェイスになるんだな。おかげで、手の内が全然見えない」

「ああ」と呟くと、ジェイドは歩きながら口を開いた。

「表情を消すのは得意だからね。いや、得意というより、そっちが俺の本当の顔だから」

そう言ってジェイドは振り返ってにこりと笑い、キッチンへと姿を消した。

 

ジェイドの姿が見えなくなるとレインは、頭の後ろで腕を組み、ソファにゆったりと寄り掛かった。

「……本当の顔、か」

言われてみれば、確かにその通りだ。科学者であるレインだからなおのこと、機械が感情を持つなどありえないというのはわかる。だがジェイドを見ていると、そんなありえないこと、いわゆる「奇跡」というのを信じたくなる。

「古代アーティファクトの技術なんだろうが、それだけじゃない……よな」

古代技術の水準の高さではなく「奇跡」という言葉を思い浮かべる辺りが、ヨルゴから「お前は科学者らしからぬ」と叱責される部分なのだろう。

「まぁ、あいつから褒められるのも、それはそれで困るけど」

ぼそりとひとり呟いた時、玄関の向こうがなにやら騒がしくなった。 レインが顔をあげるとほぼ同時に扉が開き、竹で編んだらしいカゴを両手で抱えたアンジェリークと、彼の風体には似合わない大きめの布袋を抱えたニクスが話しながら中に入ってきた。

「よう、お帰り」

レインが軽く手を上げて声をかけると、アンジェリークが振り返ってにこりと笑った。

「レイン、帰っていたの? 早かったんじゃない?」

「ああ。どうやら依頼人の見間違いだったらしくて、タナトスの気配もなかった」

残念がるのはおかしいけれど、拍子抜けだったのは確かだ。そんな感情が顔に出てしまったのか、アンジェリークの後ろからゆっくりとテーブルに近づいてきたニクスは、布袋を床におろしながらレインに軽く微笑んだ。

「そうですか。でもまぁ、何事もなかったというのは喜ばしいことですよ、レイン君」

「まぁな。ところで、そっちは何事かあったみたいだな」

「ええ、アンジェリークのお手柄です」

にっこりと微笑んだニクスが言うと、アンジェリークは慌てて彼を見上げた。

「お手柄だなんて! 私は当たり前のことをしただけです」

「その当たり前のことが、普通はなかなか出来ないのですよ」

レインはアンジェリークとニクスの顔を交互に見比べ、一体どういうことかと訪ねようとして口を開いた。と、同時に背後から「お帰りアンジェ、ニクス」という朗らかな声が響き、その途端、アンジェリークが嬉しそうに表情を輝かせた。

「お疲れさま。声がしたから、二人の分のお茶も持ってきたよ」

「ジェイドさん!」

アンジェリークはサルーンのテーブルにティーカップを並べているジェイドの側に駆け寄ると、抱えていたカゴを彼の前にすっと差しだした。そのカゴの中をちらりと覗いたジェイドは、アンジェリークに向き直ってにこりと笑う。

「美味しそうなオレンジだね。どうしたの?」

「タナトス退治に行った先の農園のおばあさんが、タナトスに驚いて倒れてしまったんです。それで、人手が足りなくなってしまった農園のお手伝いをしたら、お礼にってオレンジと小麦粉を沢山いただいたんですよ」

話しているアンジェリークの腕からカゴをそっと取り上げると、ジェイドは中からオレンジをひとつ手に取り、軽く廻してから顔を上げた。

「うん、とってもいい香りがする。これだけあればスウィーツもジャムも沢山作れそうだ……ね、アンジェ?」

するとアンジェリークはしばらくジェイドの顔を見つめ、やがて納得したように軽くうなずくと、にっこりと笑った。

「はい、お手伝いしますね!」

ジェイドはカゴを片手に持ったままニクスの側に歩み寄ると、彼の足元の布袋をひょいと持ち上げて抱え込んだ。そしてニクスとレインを交互に見てから軽く笑った。

「二人とも、入れたお茶を飲んで少し待っていて。もうすぐヒュウガも帰ってくるだろうし、それまでにとびきり美味しいオレンジタルトを焼くから、みんなで食べよう」

そう言って小麦粉の入った布袋とカゴを両手に抱えたジェイドとアンジェリークは、楽しそうに話しながらサルーンを後にした。