happiness

(5)

新聞社の応接室に通されたジェイドは、陽だまり邸のサルーンのソファと比べて少し堅い椅子に腰を降ろし、ベルナールが目の前に置いてくれたコーヒー入りのマグカップに視線を移した。

「ありがとう、ベルナール」

「ニクス氏の紅茶と比べられたらかなわないが、それなりに厳選して煎れてみたんだ。口に合うといいんだが」

「俺のためにっていう気持ちが、きっと素晴らしい味わいを引き出してくれているよ」

微笑んでマグカップを手に持ったジェイドは、中身を口の中に流し込んだ。そしてゆっくりカップを口から離すと、満足そうにうなずいた。

「うん、とっても美味しい」

「なら、よかった」

微笑んだベルナールは、改めてジェイドの前の長椅子に腰掛けると、彼と同じようにコーヒーを一口飲んで満足そうに息を吐くと、テーブルの上にカップを乗せた。

「で、話ってなんだい? どうやら、タナトス退治の依頼じゃなさそうだけれど」

単刀直入にジェイドが切り出すと、案の定ベルナールは苦笑した。そして「やっぱりバレていたか……」とつぶやきながら軽く頭を掻いたが、すぐに真面目な表情を浮かべると、両足の腿に肘を乗せるようにして前屈みの姿勢をとった。

「だったら話は早いから、率直に言わせてもらうよ。ジェイド君、君はアンジェリークのことをどう思っているんだい?」

タナトス退治の話ではないのだろう、というくらいの推測は、部屋に通されたときからジェイドも薄々気がついていた。しかし、それがまさかアンジェリークの事だったとは予想もしていなかったので、ジェイドは驚いたように目を見開くと、数度まばたきを繰り返した。

「アンジェのこと……それはどういう意味の質問?」

ジェイドがそう訪ね返すと、ベルナールは目をすがめた。しかしジェイドが本当にわかっていなさそうだと感じたらしく、大きく息を吐き出すと、改めて彼を真っ直ぐに見返した。

「つまりだね、君はアンジェリークを好きなのか?ってことさ」

するとジェイドは「ああ」と納得したように呟いてから、にこりと笑いながらうなずいた。

「そういうことなら、答えは簡単だね。俺はアンジェが大好きだよ、ベルナール」

そう言って屈託なく笑うジェイドの笑顔に、今度はベルナールが面食らった。まさか、こうも簡単に認めるとは思わなかったからだ。しかしここで怯んでは、彼女の兄代わりを自負する者の名がすたる。こほん、と咳払いして精神を落ち着けると、改めて身を乗り出した。

「そ、そうかい。じゃあ、それを前提にして話を進めるとしてだね…君は今後、彼女とどんな付き合い方をしようと考えているのか、その辺りを教えてもらいたいな」

「どんなって…今までと同じで一緒に依頼をこなしたり、困っている人を助けたり……」

ジェイドがそう答えると、ベルナールは険しい表情を浮かべ「ジェイド君」とひと言叫んだ。

「ど、どうしたんだいベルナール。そんな怖い顔をして」

「僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。彼女の兄として……いや、親代わりとして確認しておきたいんだ。あの子は真面目な子だから、好きな人が出来てつきあい始めたら、きっと考えると思うんだよ。『結婚』をね!」

「結婚っ!?」

ベルナールの口から飛び出した言葉に、ジェイドは驚いて鸚鵡返しに答えた。するとベルナールはゆっくりうなずき「そう、結婚だよ」と念を押した。

ジェイドはしばらく、唖然とした表情でベルナールを見ていたが、微苦笑を浮かべると目を伏せた。

「そういうことなら、俺はそんなつもりはないよ。アンジェにはいつかふさわしい人が現れると思う」

するとベルナールは急に表情を険しくし、ジェイドを睨みつけた。

「ジェイド君。じゃあ君は、アンジェリークとは遊びで付き合っているのか?」

「遊び……って、そんなつもりはないよ」

「なら、どうして結婚はしないと言い切れる? 彼女のことが本当に好きなら、真面目に付き合っているなら、わずかでもそういうことを考えてもいいはずだろう?」

ベルナールにそう言われ、ジェイドは口をつぐんだ。反論しようにも彼の言い分は正当で、アンジェリークのことを案じる身内として当然の意見だ。

しかしそこに、ジェイドの事情はまったく反映されていない。彼が普通の成人男性であれば、確かにジェイドの言葉は不誠実だと思われても仕方がない。けれどジェイドには、どうしても越えられない『壁』があるのだ。