happiness

(4)

 

「おはようございます、ニクスさん、ヒュウガさん」

それぞれから同様の挨拶を返されたアンジェリークは、食卓の定位置の椅子に腰掛けてから、小さく首を傾げた。

自分のほぼ正面が空いているのは、そこはレインの席だからわかる。毎晩遅くまで研究や読書をしているものだから、当然朝起きられるはずもなく、アンジェリーク達が朝食をとる時間に席にいることの方が少ない。

しかしレインの隣、アンジェリークの左斜め前はジェイドの席だ。彼は、早朝から鍛錬のために起き出すヒュウガに次いで早起きだし、しかも誰が頼んでわけでもないのに「朝食を作るのは俺の役目」と決めているらしく、アンジェリークが食堂に入ると、いつもとびきりの笑顔で迎えてくれる。

そのジェイドの姿が、今朝は見当たらない。キッチンにいるわけでもなさそうだし、食卓に並んだメニューを見たところ、どうも彼が作ったものではなさそうだ。きょろきょろと辺りを見回していると、アンジェリークの動きに気がついたらしいニクスがクスリと笑い、ティーカップをソーサーに戻しながら口を開いた。

「ジェイドでしたら、朝早くに出かけましたよ。なんでも、ベルナールから名指しで依頼を頼まれたようで」

「ベルナール兄さんが、ですか?」

不思議そうに首を傾げるアンジェリークに「ええ」とうなずいたニクスは、しばらくしてなにか思い当たったのか、急に目を細めて微かに笑った。

「ああ、そういうことでしたか」

ニクスは納得したように何度もうなずいたが、それを見ているアンジェリークは、彼の言動が当たり前だがまったく理解できなかった。

「あの……ニクスさん?」と問いながら首を傾げるアンジェリークに、ニクスより先に口を開いたのはヒュウガだった。

「つまり、品定めということだ」

せっかくのヒュウガのヒントらしいが、皆目見当がつかないアンジェリークは、とうとう眉をひそめて首を傾げてしまった。

「ヒュウガ、それではまったくわかりませんよ」

そう言いながらも、ヒュウガの的確な指摘にくすくす笑っていたニクスは、少し恨みがましい目で自分を見ているアンジェリークの様子に、肩をすくめてみせた。

「申し訳ありません、マドモアゼル。誤解のないように申し上げておきますが、我々は貴女に意地悪をしようというのではありませんよ」

「でも、なんだか全然わからないんですもの。なのに教えてくださらないのは、やっぱり意地悪だと思います」

そう言って頬を膨らませて拗ねるアンジェリークに、とうとう二人とも微苦笑を浮かべて降参した。

「貴女にそんな顔をされたのでは、話さないわけにはいかないですね。私が説明してもいいですか、ヒュウガ?」

「ああ、かまわんだろう。ベルナールも、決して悪気があっての行動ではないだろうからな」

ヒュウガの言葉に、アンジェリークは拗ねた表情を和らげたが、やはりなんのことかわからずに首を傾げた。

しかし、改めて座り直したニクスの説明を聞くうち、彼女の顔は青くなったり赤くなったりと、実に目まぐるしく変化した。

そしてニクスの話が「……とまぁ、つまりそういうことのようですね」と終わった途端、かたんと音を立てて椅子から立ち上がった。

「アンジェリーク?」

ニクスが声をかけると、頬を桃色に染めたままのアンジェリークは、精いっぱい怖い顔をして口を開いた。

「もぉ、兄さんったら! すみません、私、ウォードンに行ってきます!」

「え? いまからですか?」

これにはさすがのニクスも驚いたらしく、思わず椅子から腰を浮かしかけた。だが、彼の言葉はアンジェリークの耳には届かなかっただろう。ニクスがまばたきをした一瞬あと、もう食堂にはアンジェリークの姿はなかった。

慌てて彼女を追いかけようとナプキンをテーブルにおく刹那「俺が行く」と耳元で聞こえた気がしたニクスは、反射的に横を向いた。すると、そこにはもうヒュウガの姿はなく、ニクスただひとりが広い食堂にぽつんと取り残されていた。

しばらく、疾風のように二人が消えたドアを見つめていたニクスだったが、やがて大きく肩をすくめて椅子に座り直し、ため息をついた。

「……やれやれ。どうにも若い方々の行動力には、もうついて行けませんね」などと、やけに老成した台詞をこぼしながら。