未経験区域

(2)

驚いて目を丸くする千尋をちらっと見たサザキは満足げに目を細め、広げた巻物の表面をゆっくりと撫でた。

「あんたを迎えに行った時に、ちょろっと拝借した中のひとつだ。ま、帰りがけの駄賃ってやつだな」

「いつの間に……」

千尋と遭遇する前に宝物庫に行ったのだろうが、あの忙しない中でよくもそこまで智恵が廻ったものだと千尋は感心した。自分などはサザキに会いたい一心で部屋を飛び出したものの、運良く彼と遭遇しなければ、果たして無事に宮を抜け出せたかどうかもわからなかったというのに。

そんな彼女の尊敬の眼差しに気付いたサザキは、千尋を背おった形のまま自慢げに胸を張ってみせた。

「はっはー、そこがサザキ様のすごいところってな。どーだ、惚れなおしちまったろ?」

「すごいっていうか……ちゃっかりしてるっていうか」

「……惚れなおした、ってとこは無視かよ」

むうっと顔をしかめるサザキの様子に千尋は軽く吹き出すと、彼の肩越しに両腕を回して指を組んだ。

「惚れなおすもなにも、私、ずっとサザキが大好きだもの」

言ってにっこりと笑う千尋をしばらく見つめていたサザキだったが、不意に視線を逸らすと所在なげに頭をかいた。

「ったくーっ。そーいうことをなんでさらっと言っちまうかなぁ、オレの姫さんは……」

ぼそりとつぶやくサザキは耳まで赤くなっていて、その様子にまた千尋は楽しそうに声を立てて笑った。そうして笑いながら改めてサザキの背に身体を押しつけるように抱きつくと、急にサザキがびくりと身体を震わせたので、千尋は驚いて動きを止めた。

「え……どうしたの?」

「……あ、ああ。いや……その……」

決まり悪そうに語尾を濁すサザキに、千尋は不思議そうに首をかしげた。その様子を横目で伺っていたサザキは一瞬恨めしげな視線を向けたが、すぐにため息をつくと肩を軽く落とした。

「……胸が当たる、っつても……気にしねぇんだろうなぁ」

「……? なに?」

首をかしげる千尋を見ながらサザキは、「……やっぱ、なーんもわかってねぇし」と小さくつぶやいて、またため息をついた。しかしすぐに顔を上げると、なにを思いついたのか口元に笑みを浮かべて肩越しに振り返った。

「姫さん、姫さん。ちょーっと立ってみな」

言いながら左腕を上げたサザキは、千尋を招くように手の平をひらひらと振ってみせる。その動きにつられた千尋はサザキの肩に手を置いて立ち上がると、大きな羽根を回り込んで彼の隣で立ち止まった。

「なに?」

「手、貸してみ?」

そう言って催促するように、また左手の指を握ったり開いたりしている。千尋は軽く首をかしげたが、やがて差し出されているサザキの大きな手の平の上に小さな白い手をそっと乗せた。するとサザキは彼女の手をきゅっと握りしめ、ゆっくりと自分の周りを廻すようにその手を動かしながら「ほれ、ゆーっくりとなー」と彼女を誘導し、千尋の姿が目の前に現れたところで、胡座をかいている自分の膝を右手でぽんっと叩いた。

「ん。そしたら、ここ」

「……え?」

そう言われて、ようやくサザキが何を要求しているのかわかった千尋は、頬を軽く染めて立ち尽くしてしまった。

しかしサザキは催促するようにまた自分の膝をぽんぽんと叩くし、彼女の手を取った指に更に力を入れたものだから、やがて千尋は小さな溜息を零すと促されるまま、彼の膝の上にゆっくりと腰かけた。そうして伺うように目線をサザキに向けると、彼は嬉しそうに顔をほころばせ、左手で握っていた千尋の手の甲を右手で軽く叩いてみせた。

「よし、到着」

「……ねぇ、これじゃあ地図を見るのに邪魔じゃない?」

「いや。背中に寄っかかられるよりこっちのがいいんだ、うん」

「あ……もしかして重かった? ごめんね」

「いいや、羽根より軽いくらいだったぜ。でもこの方が、お互いちゃんと見えるからいいだろ?」

「……う、うん」

こくりとうなずく千尋に微笑みかけたサザキは彼女の膝の裏に左手を回して持ち上げると、ちょうど横抱きになるように体制を変えさせてから、満足げにうなずいた。

「これでよし、っと。うん、これだと千尋に触り放題だ」

「もぉっ……またそういうこと言うっ!」

そう言ってサザキを睨み上げる千尋の顔はほんのり赤くなっていたが、それは気温の高さだけではないというのを二人とも分かっている。だから余計にサザキは嬉しそうに目を細め、わざと彼女を抱きしめるようにして上体を屈めながら、広げた巻物に手を伸ばした。

「きゃあっ!」

「あーっと、悪い悪い。いやー、手が届かなくてな」

「……う」

「んな可愛い顔して睨むなって。ほら、この島の形なんだが、あそこにぼんやり見えてる島によく似てると思わないか?」

言いながら巻物を左手で持ち上げたサザキは、ちらりと千尋に視線を向けた。すると千尋もわずかに身を起こし、目の前に広げられた巻物に目を向ける。彼女の注意が海図に向いたことを確認したサザキは、空いていた右手を千尋の背から前へと廻して、胸の膨らみをさりげなく撫でた。

「ひゃん!」

「ん、見えねぇのか? ほら、あそこだって」

飛び上がって声をあげる千尋の様子に、さも不思議そうに首をかしげたサザキは顎をしゃくって海のむこうに目を向けたが、彼の右手は千尋の胸元から腰をなぞるような動きを繰り返している。

「んっ……だ、からっ……っ」

「なんだ、なんだ。お宝を前にしてるってのに、気のない返事ばっかだな」

「う……だ、だってっ……」

呟いた千尋は顔を真っ赤に染めると、潤んだ瞳でサザキを恨めしげに見上げた。そして先ほどからけしからぬ動きをしている彼の手をぎゅっと握った。

「サザキっ、が、ヘ、ンなとこばかり触ってるから……っ!」