しばらく千尋は一人で座り、時々やってくるサザキの部下達と談笑したり、カリガネの作ってくれた料理に舌鼓を打ったりしていた。やがて、あちこちの男達に話しかけたり酒を注いだり注がれたりして廻っていたサザキが戻ってきて、やや赤くなった頬をして彼女の隣にどっかと座って胡座をかくのを見ながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
「お帰りなさい」
「ん……どうだ、姫さん。ちゃんと飲んで食って、楽しんでるか?」
口元に笑みを浮かべながらサザキが問うと、千尋は目を細めて小さくうなずいた。
「うん。カリガネのお料理、すごく美味しいから食べ過ぎちゃうくらい。それに、久しぶりに日向のみんなと話せて、とっても楽しいよ」
「そうか。そいつぁ、よかった」
そう言って屈託なく笑うサザキにつられ、千尋も嬉しそうに微笑んだ。そしてサザキの方へ身体をずらすと、彼の腕に少しだけ体重を預けるようにして寄り添った。
「なんだ、どした? 眠くなったか?」
「ううん、平気。……ね、サザキ」
急に甘える仕草をする千尋に、サザキは軽く首をかしげた。もっとも素面の時にこんなことをされたら、サザキのほうも慌てふためくだけだろうが。
「んー?」
「今日は……ありがとう」
千尋がそう言うと、口元へ猪口を運んでいたサザキの手がぴたりと止まる。そしてゆっくりと千尋の方へ視線を向けると、彼女はサザキを見上げて微笑んでいた。
「私を元気づけようと思って、宴会を開いてくれたんでしょ? 気にしないでって言ったけど、それが逆に気にさせちゃってたんだね。ごめんなさい」
するとサザキはしばらく千尋を凝視し、それからため息をついて猪口を持った手をだらりと下ろした。
「……やっぱ、バレてたか」
「ふふっ。だって昼間あれだけ気にしてて、その夜『宴会やるから来ないか?』なんて誘いに来たら、誰だってわかるよ。そういうわかりやすいとこ、すごくサザキらしいけど」
「っかーっ。姫さん、そりゃ全然褒め言葉じゃないぜ」
きまりが悪そうに眉尻を下げながら頬をかくサザキの前で、千尋はくすくすと楽しそうに笑ってみせた。そしてサザキから身体を離し、改めて姿勢を正して座り直すと、柔らかい笑みを浮かべたまま目を細めた。
「でも、もう本当に大丈夫。昼間はちょっと強がりを言ったんだけど、今度はほんとだから」
「姫さん……けど、オレはまだなんもしてねぇ。あんたが何を悩んでるのかも、聞き出してねぇし」
「ううん」
何度も首を振った千尋は、まだ疑わしげな視線を向けるサザキを改めて見上げ「サザキのおかげで元気になれた。なにも言わないうちに、サザキが私の悩みを解決してくれちゃったの」と言って、また嬉しそうに笑った。
しかし、そう言われたところで納得がいかないサザキは、手にしていた猪口を大振りの銚子の口に被せるようにして置くと、身体を半身分横に動かし、千尋に正面から向き合った。
「とうにバレちまってんなら、取り繕う必要はねぇよな。ってことで千尋、ちゃんとオレに話してみな。いったい、何を悩んでたんだ?」
「もう解決したから、話さなくても……」
「ダメ。ちゃんと聞かねーと、オレが気持ち悪いままでやなんだよ」
なんとか誤魔化せないかと伺うようにサザキを見上げた千尋だったが、彼は両腕を組んで彼女をじーっと見つめていて、どうあっても話をしない限り許してくれなさそうだ。昼間のサザキだったら言い逃れも出来ただろうが、いまは酒が程よく回っている所為か目が座っていて、ちょっと怖い。
とうとう千尋はため息をつくと、無言の圧力をかけてくるサザキに向かって、ぽつりぽつりと語り始めた。
「昼間にね、言ったでしょ。豊葦原は本当に平和になったんだなぁって思ってる、って……」
「ああ」
「あれは、本当にそう思ってたの。それは本当。けど……それ以外のことも、実は考えてたんだ」
「他のこと、か?」
サザキが首をかしげると、千尋はゆっくりとうなずいた。
「うん……平和っていうのはつまり戦がなくなるってことで……そしたら、サザキ達がここにいる理由がなくなるんだなぁって思って……」
「千尋……」
「サザキ達がここにいたのは、戦を終わらせて、中つ国と平和を取り戻したいっていう私を助けてくれるためでしょ。それが適った今、日向のみんながここに残る理由はないんだなって思ったら、なんかすごく……寂しく、なっちゃって……」