千尋の告白に、しばらくサザキは無言だった。やがて小さくため息をつくと右手を上げ、首の後をぽんぽんと軽く叩いた。
「そんなこと……考えてたのか」
「……うん」
こくりとうなずいた千尋は視線を落としたままだったが、やがて軽く唇を噛んでから顔を上げようとした。
「あ、でもね! だからってサザキ達に残って欲しいなんて無理を言うつもりはないから。日向の民は自由を愛する人達なんでしょ? だから船を手に入れたら、どこにでも自由に……っ」
ぽんっと頭に乗せられたサザキの手の重さに、千尋はそれ以上頭を上げることは出来なかった。
「サ、ザ……」
思わず千尋がつぶやくと頭の上の手は、彼女の髪を撫でるようにゆっくりと動き、ついでサザキのゆったりとした声が耳に響いてきた。
「ったく……そんな可愛い心配してたとはね」
サザキの言葉に千尋は頬を赤らめて顔を上げようとしたが、サザキがくしゃくしゃと髪を撫でているものだから上手く動かすことが出来ない。焦れた千尋が「サザキ、離してよぉっ!」と叫ぶと、意外なほどあっさり彼の手は退いたが、その手はまた動くと、今度は千尋の身体をふわりと抱きしめた。
「ねぇ……馬鹿みたいな子だって呆れてない?」
「んなことねぇって。そんなにオレのことで悩んでたなんて聞いちまったんだぜ? めっちゃくちゃ嬉しいし、あんたが可愛くてたまんねぇよ」
楽しそうに笑ったサザキの髪が頬をかすめ、千尋はくすぐったそうに首をすくめた。
「あんたを根宮に迎えに行ったときに、オレは言ったよな? 『大事なお宝を置いて行くなんて出来っこねぇ』って。ちゃんと覚えてるか?」
「うん、忘れたりしないよ」
「なら、何も心配することないだろ。オレは姫さんを置いて行くつもりはない。船を手にして海にこぎ出すときが来たら、絶対あんたも連れてく。かっ攫ってでもな」
「……うん」
「お、うなずいたな。そう言ったからには、後で取り消しとかきかねぇぞ? 覚悟できてんのか?」
「覚悟なんて……ずっと前からしてるもん」
「サザキと行きたい。一緒に連れてって……」と腕の中でつぶやく千尋を、サザキはぎゅっと抱きしめ直した。
「上出来。それでこそオレが惚れた女だ」
「……今度はダメだって言わないの?」
訊ねる彼女の頬をそっと撫でて顔を上げさせると、潤んだ瞳を向ける千尋にゆっくりと顔を近づけた。
「言わねぇ……イヤだって言っても連れてくからな」
しかしその途端、背後でガシャーン!と盛大な音がし、次いで何人もの足音と怒声が辺りに響いたので、二人は驚いて顔を上げた。そして目を向けたその先で、一人の青年が仲間達に取り囲まれて怒鳴られているのを目撃した。
「す、すみません大将っ! 見えにくいなぁって身を乗り出したら、瓶を転がしちまって!」
「ほんとお前は落ち着きがねぇんだからよぉ! あ……姫さんもすんませんでした! ささっ、俺らのことは気にせずに、どーぞ続きを!」
「もう邪魔しませんから、ゆっくりと続きを……」
「つ、続きって言われても……」
焦って目を白黒させる千尋がちらりとサザキを見上げると、彼は小刻みに肩を震わせている。そしていきなり顔を上げると、ばさりと羽根を広げて怒鳴った。
「出来るかあっっ!!」
真っ赤になったまま千尋を手放して立ち上がったサザキは「よくも邪魔しやがったなっ! お前らただじゃおかねぇっっ!!」と叫ぶと、勢いをそのままに一番手前に立っていた部下に飛びかかった。
「うああーっ! た、大将っ! 俺はなんもしてませんってっ!」
「うるせぇっ! どいつもこいつも同罪だぁっっ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ暴れる面々を呆然と見ていた千尋だったが、やがて相好を崩すと楽しそうに笑い出した。