それからサザキが、千尋を伴って天鳥船に戻ってきたのは、すっかり日が落ちてからのことだった。
しかしそんな刻限に国王が他出することを狭井君を始めとした中つ国の諸官が認めるはずはなく、案の定、風早や那岐、岩長姫らの手引きでこっそりと彼女は抜け出してきたのだ。
「……大丈夫なのか?」
結局、全ての料理を用意させられたカリガネが、彼の手元で湯気を立てている炒め物の山を興味津々に覗き込んでいる千尋の金色の髪を見おろしながら問うと、彼女はちらりと振り返って小さく微笑んだ。
「うん、たぶん大丈夫。私が帰るまで、那岐が部屋にいてくれるし、いくら文官でも、王の部屋を簡単に覗いたりできないもの」
「その代わり、お土産を持って帰ってくるようにって言われちゃったんだけど……ねぇこのお菓子、いくつかもらっていってもいいかな?」と続ける千尋に、カリガネは軽く微笑んで「ああ。好きなだけ持っていくといい」と答えたところで、俄に辺りが騒がしくなったかと思うと、酒袋を二つ抱えたサザキと、彼の背後から壺やら瓶を抱えた日向の青年達が何人も姿を現した。そして彼らは千尋の姿を目にすると、驚いたように目を見開き、ついで一様に笑顔を浮かべて彼女に駆け寄ってきた。
「姫さんじゃないですかい! いっやぁ、久しぶりだなぁ!」
「こいつぁ元気そうでなにより!」
「うん、みんなも元気そうでよかった」
「いやぁ、相変わらずかっわいいすねぇ!」
「え? あ、ありがと……」
にこにこと笑いながら千尋が口を開くと、両手に酒の入った瓶をかかえたまま、そろってだらしない笑みを浮かべた。
すると、今まで黙っていたサザキが急に不機嫌そうな表情を浮かべ、千尋と青年達を隔てるように割って入ると、酒袋を手に持ったままで目の前の男達を追い払うように振ってみせた。
「お前ら、千尋にあんま馴れ馴れしくすんじゃねぇぞ」
「いいじゃないですかぁ。おれらは久しぶりに姫さんに会ったんですから、ちょっとくらい話させてくださいよぉ」
「そうっすよ。大将はしょっちゅう姫さんに会ってるけど、おれらはこないだの戦以来なんすよ?」
「そうそう。減るもんじゃないでしょー」
「るせぇ、お前らと話すと千尋が減る。もったいねぇ。いーから、早く散れっ!」
そう叫んだサザキは仁王立ちになり、青年達の視線から千尋を隠すように翼を広げた。
「わわっ! サザキってば、前が見えないよっ!」
「なら、オレだけ見てればいいだろ」
「もぉ……すぐヤキモチやくんだから」
「るせぇ」
ふて腐れたように頬を赤らめて眉をしかめるサザキと、それをたしなめながらもどこか嬉しそうな千尋を交互に見ていた日向の青年達は、やがて誰からともなく肩をすくめると、それぞれ別の方向へ歩き出してしまった。
「へいへい、わかりましたよぉ。もー勝手にやっててください」
「酒に酔う前に当てられたんじゃ、たまったもんじゃねぇわ。おい、行こうぜー」
「そんじゃ姫さん、また後で。大将、酔いすぎて姫さんに嫌われないようにしてくださいよ?」
「ほっとけ!」
わらわらと散っていく日向の青年達に向かって小さく手を振っている千尋を、恨めしげに見おろしていたサザキだったが、やがて彼女が手を止めてちらっと彼を見上げてきたので、わずかに身体を震わせた。
「な、なんだよ?」
すると千尋は、なおもじっとサザキの顔を見つめていたが、ふと表情を崩してくすりと笑った。
「サザキって日向の皆の前だと、私のこと『千尋』って呼んでくれるんだね」
意外なところを指摘されて、サザキは一瞬息をつめた。が、すぐに照れくさそうに視線を逸らすと、心持ち赤くなった頬を軽くかいた。
「……べ、別に意識してたわけじゃ……けどみんなが姫さんって呼ぶから、なんかこう……オレは違うぞって言いたいっつうか、姫さんはオレの姫さんなんだって主張したいっつうか……」
「サザキ……」
「……あーっ! なんか上手く言えねぇっ! だからもういいだろ。ほら、カリガネが待ってる!」
「うん……」
こくりとうなずいた千尋の手をとったサザキは、そのまますたすたと歩き出した。自然、その背を追うことになった千尋は、ぐいぐいと自分を引っ張っていくサザキの耳が真っ赤に染まっているのを確認し、彼に聞こえないように用心しながら、小さな笑い声をあげた。