「――もともとそうだが、君は二の姫が絡むと、輪をかけて馬鹿になるな」
「カリガネ、それが悩みを話す友達に向かって言う言葉か?」
「別に話せといった覚えはない。君が勝手に話し始めただけだろう」
カリガネの容赦のない言葉にサザキは恨めしそうに彼を睨んでから、がっくりと肩を落とした。
「ってもなぁ……他にどう言えば良かったんだよ」
「……」
「いきなりそんな、サザキのものになりたいなんて言われても……そりゃあまぁ、すげぇ嬉しいけど」
サザキがそう言って照れくさそうに頭をかく様子に、カリガネは呆れたような表情を浮かべて肩をすくめた。
「サザキ、悩むところが違う」
「へ……? そ、そうだっ! 問題はそこじゃねぇ! 姫さんがなにを悩んでるかだったっ!」
「……やはり馬鹿だ、君は」
「るせぇ」
苦々しげに眉をひそめたサザキだったが、すぐに腕を大きく空に上げて伸びをしてから、その手を頭の後に廻した。
「しっかしなぁ――まるで見当がつかねぇ。空を飛びたいって言ってきたのも姫さんだし、そん時はかっわいい顔して笑ってたしなぁ」
言うと今度は両腕を降ろして胸の前で組み、目を閉じるとしみじみとした表情を浮かべてゆっくりうなずいた。
「そうだ……嬉しそうに目を輝かせてた。それがもう、ぎゅーっと抱きしめたくなるくらい可愛くてだなぁ……」
「――風早にでも訊いたらどうだ?」
サザキのつぶやきを完全に無視して、カリガネは調合し終わった茶葉をざらざらと瓶の中に流し込む。その音とカリガネの発した言葉にサザキは振り返ると、怪訝そうに眉をひそめた。
「あ? 風早にって……なにをだ?」
「昔から姫の側近くにいる従者だ。君に話せんことでも、彼になら話しているかもしれん」
「……確かに、それもありだな」
「仮に彼女が話していなくとも、風早のことだ。二の姫の様子がおかしいことくらい、とうに気付いているだろうな」
そう言っていっぱいになった瓶の口を葉で覆い、蔓草を紐代わりにして瓶の首にぐるぐると巻き付けるカリガネをしばらく観察していたサザキだったが、不意に不機嫌そうに口を尖らせるとそっぽを向いた。
「けど……ダメだ。風早に訊くのは」
「どうしてだ? 姫が心配だからと言えば彼は話すだろう。君と彼女の間柄を知らんわけでもないのだし」
「違う。そーいうことじゃねぇ」
言ったサザキはむすっとした表情を浮かべたまま、改めて腕を組み直した。
「いいか。訊いて風早が、姫さんの悩みを知っててみろ。それをべらべらとオレに話したとしてみろ」
「問題解決、だろう?」
「解決なもんかよ! そいつぁつまり、千尋にオレ以上の男がいるってことだぜ? めっちゃくちゃ気にいらねぇなっ!!」
サザキがそう叫ぶとカリガネは、喉元まで出かかった「そんなふうに馬鹿だから、二の姫は悩みを相談しないんだ」という言葉をどうにか飲み込んで、ため息とともに渋面を浮かべた。
「……なら、勝手にしろ」
「ああ、勝手にするさ!! ――と、言いたいところだが。それが皆目見当がつかねぇし、どーしたらいいかさっぱりわからないから、こうして相談してるんじゃねぇか」
胡座をかいたまま「うーーっっ……」と唸り、がしがしと両手で頭をかくサザキの情けない姿を冷ややかに見つめていたカリガネは、やがて深いため息を吐くと、サザキに対して背を向けたままで口を開いた。
「――無理に探り出さずとも、自分から打ち明ける方向にもっていけばいい」
「……んぁ?」
「心配だから話してみろと説いたところで、結果は変わらん。ならば、彼女が自ら話したくなるようにしてやればいい」
カリガネの言葉にサザキは組んでいた腕を降ろすと、そのまますっくと立ち上がった。そしてカリガネの側に足早に近づくと、彼の顔を覗き込むように身を乗り出した。
「それだっ! ……で、どーやって話そうって気にさせたらいいんだ?」
「それくらい自分で考えろ」
「なんだよ。中途半端だなぁ」
サザキの言いぐさに、さすがにカリガネもむっとした表情を浮かべて振り返ったが、その時にはもうサザキはまた腕を組み、カリガネの方など見ようともしないで眉間にしわを寄せなにやら考え込んでいた。
「姫さんをその気にさせる手ねぇ……空を飛んでるとき以外で姫さんが嬉しそうにしてるときっつったら、カリガネの手作り菓子をどっさりやったときとか、カリガネの作ったメシを食ってるときとか……」
「私をあてにするな。自分が出来る範囲で考えろ」
このままの方向で考えさせたら、こちらに火の粉が飛んできそうだったので、カリガネはぴしゃりと言い切った。しかし、それをサザキは聞いているのかいないのか、しばらく顔をしかめてうつむきがちに唸っていたかと思うと、急に表情を緩めて顔を上げた。
「そうだ、宴会ってのはどうだ!? うまいもん食って、とっときの酒を呑んで……って、姫さんは呑めねぇか。んじゃその分菓子でも食って、みんなでぱーっと騒いだら、なんか独りで悩んでんの馬鹿みたいだわ、ここはひとつサザキに打ち明けちゃおうかしら、って気にならねぇかな?」
「……二の姫が、君と同じくらい単純なら、な」
ため息混じりにカリガネが答えたのは、いくらかの皮肉を込めた言葉だったのだが、サザキはどうやら自分の思いつきにすっかり感心してしまっていたようで、カリガネの返答に対して、満足げに何度もうなずいてみせるだけだった。
「姫さん、わりと単純なとこあるからな。よし! そうと決まれば善は急げだ。オレはちっと姫さん連れてくるから。カリガネ、お前は美味い料理を頼む」
「……だから、私をあてにするなと……」
「ああ、酒は少なめでいいぞ。姫さんは呑まねぇだろうし、足りなかったら今夜は大盤振る舞いだ、サザキ様秘蔵の逸品を、特別に提供してやる! んじゃ、頼んだぜ!!」
言って意気揚々と厨房を後にするサザキの背中を見送ったカリガネは、やがて深いため息をつくとこめかみに人差し指を押しつけながら眉をひそめた。
「結局……巻き込まれるのか」