なんとなく何を言われるかの察しがついた千尋は、どうにも真っ直ぐに風早を見ることが出来ず、明後日の方を向いたままだった。しかし風早はためらいも見せず、彼女をしっかり見据えたまま口を開いた。
「サザキにきちんと話をして、誤解を解いてきなさい」
「……言うと思った」
「わかっていたなら話は早い。貴女だって、このままでいいと思ってはいないってことですからね」
やがてこくりとうなずいた千尋は、また大きくため息をついた。
「このままじゃ……私、ずっとサザキから逃げ廻ってなきゃいけないもんね」
「そうですよ。でも、それは貴女の本意ではないでしょう?」
風早は千尋の行きつ戻りつする気持に苛立つこともなく、いつもこうして彼女が納得するまできちんと話を聞いてくれた。けれど、譲るべきでないことはガンとして譲らなかったので、彼が「謝ってきなさい」と言ったら、どうしたって千尋は謝りに行かなければならないのだ。
しばらく千尋は、次の言葉をどう表現しようかためらうように口だけを動かしていたが、やがてしゃんと背筋を伸ばして風早を見上げると、少し首をかしげるようにして照れ臭そうに微笑んだ。
「……行ってくる。このままサザキに会えないなんて、いやだもの」
「ええ、そうしたほうがいい」
言ってにこりと笑った風早だったが、そこでふと右手を動かして顎に添えると、上目遣いに天井を見上げた。
「とはいえ、まだ食堂にいればいいんですが。怒って自室にでも引き篭もってしまわれると、それはちょっと厄介ですね」
すると千尋はくすりと笑い、風早を見上げた。
「やだ。まさか、そんな子供みたいなこと……」
「……似たようなことになっている」
不意に回廊に響いた低い声に、風早と千尋はびくりと身体を震わせた。だが、回廊に灯された松明の陰から姿を現わした人物が、見覚えのある者だとわかった途端、揃ってほっと息を吐いた。
「カリガネ、いきなり声をかけないでくれ。心臓が止まるかと思ったよ」
「風早、いくらなんでもそれは大げさでしょ」
千尋は微苦笑を浮かべて風早を見てから、カリガネのほうへ小走りに歩み寄った。そして千尋が「カリガネに聞きたいことがあったの。偶然でも会えて良かった」と言いながら笑うと、意外にもカリガネはゆっくり首を振った。
「偶然ではない。私は君を探していたからな」
「え?」
「サザキが落ち込んで、たいそう鬱陶しい」
そう言ってさも嫌そうに渋面を浮かべるカリガネの様子に、風早は思わず吹きだしてしまった。
「あはは。いずこも同じ、ですか」
そして千尋に恨めしげに睨まれると「ああ、すみません」といちおう謝ったものの、なかなか笑いを押えるのは難しいらしい。くすくすと邪気のない笑い声を立て続ける風早を、やがて無視することに決めたらしい千尋は、彼を残したまますたすたとカリガネに歩み寄った。
「ね、サザキがどこにいるか知ってる?」
「朱雀の間だろう。奴は考え事をするときや独りになりたいときは、いつもあそこに行く」
「……そっか。じゃ私、サザキに会って話してくるね」
「ああ。頼む」
微かにうなずくカリガネに千尋は照れ臭そうな笑みを返し、そのままたっと駆け出していった。
彼女の後ろ姿が小さく遠くなっていくのを見送っていたカリガネは、ふと背後に人の気配を感じて、ちらりと視線を背後に送る。そこには風早が笑みを浮かべて立っていて、彼は千尋の姿が見えなくなると改めてカリガネに目線を向け、柔らかく微笑んで首をかしげた。
「ところで……少し時間はあるかい?」
カリガネが怪訝そうな表情を浮かべると風早は右手を軽く上げ、手首を数回動かしてまたにこりと笑った。
「付き合わないかい? お互い、子供の成長を祝う親になったつもりで」
風早の言葉に、しばらくカリガネは無言だった。しかし目を細めるとほんの少しだけ唇の端を持ち上げ「……ずいぶん可愛げのない子供だがな」とぽつり呟いてから、また笑いだした風早の後を追うようにゆっくりと歩き出した。