薄衣の向こう

(16)

「そしたら姫さん、まずは……深呼吸だ」

「……え?」

頬を撫でるサザキの指の動きにくすぐったそうに首をすくめた千尋は、彼の言葉を聞いて不思議そうに瞬きをした。

だがサザキは千尋の頬から手を離し、彼女の肩の両脇に両手を付いて深呼吸を始めた。

「吸って……吐いて……吸って……ほら、姫さんも」

「え。あ、う、うん……」

首をすくめるようにうなずいた千尋は、サザキのかけ声に合わせて深呼吸を始めた。

「吸って……吐いて……吸って……」

「うん、いい調子だ。ほれ吸って……吐いて……吸って……」

「吐いて……吸って……」

「吐いて…………そしたら少し息を止めて……」

「え……と、止めるの?」

突然の変更に千尋が戸惑って目を上げると、そこにサザキはちゅっと音を立てて唇を落とした。

「サ、サザキッ!?」

「へへっ……不意打ち、ってね」

「な……なんなのよもうっ!」

楽しそうに笑うサザキの態度が悔しくて、千尋は眉間にしわを寄せて抗議の声を上げた。だがサザキは気にした風もなく、怒る千尋の眉間にまた口づけた。

「ち、ちょっ! くすぐったいっ!」

千尋が身をよじって軽く抵抗したが、サザキは彼女の額、頬、鼻の頭と、次々に唇を移動させる。

そうして千尋が軽く息を上げるのを見計らうと、改めて頬に手を添えて自分の方へ顔を向かせてわずかに開けた唇を包むように吸った。

「……ん………っ」

少しずつ角度を変えながら千尋の柔らかな唇を噛むと、華奢な身体から少しずつ力が抜けていく。

それを確認したサザキはゆっくり顔を上げると、名残惜しそうに潤む千尋の瞳を見つめて口元に笑みを浮かべた。

「……押し付けるだけじゃダメだ。少しずつ、ちょっとずつ……そうじゃないと、ただ苦しいだけだろ?」

「うん……ふ……うっ」

再び重ねられたサザキの唇の感触に、千尋は思わずため息を漏らした。すると、するりと生暖かいものが口内に差し込まれて、驚いてびくりと身体を震わせた。

「う……っ……ふ……ううっ」

「あんたがしたかったのは……こういうのだろ?」

再び力が抜けていく身体を抱きしめ、千尋の舌に己のそれを絡ませて嬲りながらサザキはささやいた。

だが千尋は彼の与えてくる刺激に反応するだけで精一杯で、返事をすることなどできないでいる。

そしてサザキもそれを十分わかっているから、軽く笑むと千尋の目尻をそっと撫でてから、熱を持つ唇にむしゃぶりついた。

そうして二人はしばらくの間、互いの唇の味を確かめ合い、唾液を絡ませ合っていたが、やがてサザキが名残惜しそうに千尋の唇を解放した。

「……あ」

思わず漏れた千尋の哀願するような声に、サザキは微苦笑を浮かべた。

そして彼女の髪を梳くように撫でてかきあげると、白い首筋に顔を埋めゆっくりと肩甲骨まで舌をなぞらせた。

「あ……んっ!」

サザキの肩をつかんだ千尋が、切なげに身をよじった。

そうして身体が浮き上がったところで彼女の背に腕を回したサザキは、そのままするりと肩から夜着を降ろして千尋の上半身を閨にさらした。

「……千尋」

白い身体をまじまじと見つめて感嘆の声を漏らすサザキの腕の中で、千尋は顔を朱に染めて横を向いた。

「やだ……あ、明かり消して……」

「いやだ。あんたの綺麗な身体が見えねぇよ……」

「み、見られたくないのっ……お願い」

「……わがままだな、姫さんは」

千尋の真っ赤な横顔を見おろし、サザキはくすりと笑った。

彼女の気持ちをくんだのか身体を起こすと、牀の横にある台に乗った燭台に手を伸ばして、揺れる炎を一つ吹き消した。

「これでいいか?」

「ま、まだ……まだ火がついてる」

「……わかったよ」

苦笑し、炎の一つを指先でつまんで消したサザキは、炎がひとつだけ灯った燭台を元の場所に戻した。すると千尋はそれを目で追い、サザキを見上げて口を開いた。

「やだ……まだひとつついてるよ」

「これ以上消したらホントに真っ暗になっちまうだろ? あんたがまるで見えなくなる」

「だ、だからっ……そうして欲しいのっ!」

半べそになって千尋が言うとサザキは小さくため息をつき、彼女に覆いかぶさるように身体を屈めて顔を近づけた。

「あのなぁ。まったく見えないってのは困るんだよ。姫さんはその……初めてだろ? だから、ちゃんと準備して確かめないとだな……辛くなるのはあんたなんだぜ?」

「……う、ううっ」

こんな状況で妙に現実的なことを言われた千尋は、ただ恨めしげにサザキを見つめて無言の抗議をした。

だが意外なほど真剣な表情を浮かべているサザキに、やがて観念したようにうなずくしかなかった。

「…………わかった」

「よし……いい子だ」

にこりと笑ったサザキに頭をわしわしと撫でられて、千尋は複雑な顔をするしかなかった。こんな状態で子供扱いされても、どんな顔をすればいいのかわからない。

けれどサザキにそんな複雑な乙女心は伝わらないらしく、彼は嬉しそうに千尋の頭を撫でてから、額にちゅっと音を立てて口づけた。

「心配すんな。見えてるとか見えてないとか……そんなの、すぐに気にならなくしてやるから……」

サザキの言葉に千尋はまた頬を赤らめ、ちらりとサザキの背後に視線を移して、彼の髪をくいっと引っ張った。