ぴくりと肩を震わせたサザキは顔を上げた。だが振り返ろうとしたところでためらい千尋に背を向けていると、彼女は自分の言葉を確かめるようにゆっくりと話し始めた。
「最近、思ってたの。なんだか、私とサザキの間に距離があるんじゃないか、って。なんていうか……目に見えない壁みたいなのがあって、邪魔されてるような気がしてて」
千尋の言葉に、サザキは目を見張って息を呑んだ。自分だけが感じていると思っていた違和感を、彼女も感じていたのだ。
「……まるで薄衣越しにオレを見てる、って感じか?」
「ああ! そう、そんな感じ!」
サザキの表現がよほど的確だったのか、千尋はぱあっと目を輝かせて顔を上げ微笑んだが、すぐに不思議そうに眉をひそめて首をかしげた。
「……なんでわかるの?」
「なんでって……それ、オレも感じてたっつうか……」
「え……ええっ?」
思わず四つんばいになって身を乗り出し、肩越しにサザキの顔を覗き込む千尋と、ちらっと彼女に目を向けてからわずかに視線を逸らして中空を見上げながら頭を掻くサザキは、同時に口を開いた。
「なんつうか……王様になっちまって、姫さんが遠くに行っちまったようで寂しくてだな……」
「やっぱり……王様なんかじゃない、普通の女の子のほうがいいのかなって寂しくて……」
そうしてまた同時に口を紡ぐと、まじまじと相手の顔を見つめあった。
しばらく沈黙が続いたが、やがてどちらからともなく相好を崩すと、互いに頬を赤らめて気恥ずかしそうに笑いだした。
「へ……へへっ。なんだよ、おんなじこと気にしてたのか」
「ふふっ……ほんと、同じことで悩んでたなんて」
背をのけ反らせて笑うサザキと、彼の隣で正座をして口元に手を当ててくすくす笑う千尋の二人は、久しぶりに心の底から笑ったように感じていた。
話をすればすぐに解決できる簡単なすれ違いだったのに、お互いが相手を気遣い過ぎてぎこちなくなっていたのが、わかってみればあまりにも馬鹿馬鹿しいことのように思えた。
「あーあ。ホント、オレは馬鹿だなぁ……」
「なら私も馬鹿だってこと?」
「いや、姫さんは……あー、うん……かもしれねぇな」
「そっか。じゃあ、お互い馬鹿同士でいいんじゃない? お揃いだよ?」
「あはははっ! 馬鹿のそろい踏みか、こいつぁいい!」
腹に手を当てて楽しそうに笑ったサザキは、隣で同じように笑う千尋に目を向けた。
そして彼女の髪に手を添えて軽く引き寄せると、まだくすくすと笑い声を漏らす唇を啄ばむように口づけた。
「サザキ……」
「オレはあんたが好きだ。あんたが何者でもかまわねぇ。王様でも二の姫でも関係ない。オレは千尋が千尋だから……惚れたんだ」
「……私もサザキが好きだよ。王様になってもそれは変わらないし、変えられっこない。私はいつだって、日向の大将のサザキが好き……大好き」
「へへっ……嬉しいこと言ってくれるぜ」
満面の笑みを浮かべたサザキは千尋の髪から手を離すと、そのまま仰向けに敷布の上に身体を投げ出した。
辺りにふわふわと羽根が舞う様子に目を細めた千尋は、やがて天井を見ているサザキの顔を覗き込むように身を乗り出した。
「ね……もうひとつ、聞いてもいい?」
「お、なんだ? いいぜ、なんでも言ってみな。悩みのなくなったこのサザキ様が、なんっでも相談に乗ってやる!」
誇らしげに鼻を鳴らして胸を叩くサザキを見おろしたままで、千尋は彼の赤い横髪をそっと掬い上げた。
「さっきの質問……ちゃんと、答えて欲しいの」
「さっきの?」
きょとんとした表情で千尋を見上げると、彼女は心持ち頬を染めた。だが意を決したのか、声を出さずにゆっくり唇を動かした。
『ワタシヲドウコウシタイッテオモッタコト……アル?』