「ひ、姫さん……?」
「ひっく……サっ、サザキが来たの、ビックリした。けど……嬉しかったんだから。だって、私も会いたいって思ってたから……」
「……千尋」
「だからっ……すごく、すごくうれっ、し、かったのに……夢みたいって、思ったん、だよっ……なのに……」
言って言葉に詰まる千尋を黙って見つめていたサザキだったが、やがて深く息を吐き出すと千尋の頭をくしゃりと撫でた。
「そっか……悪い、いやな思いさせちまって。……ごめんな」
謝って様子を伺うと、やがて千尋は微かにうなずいた。だからサザキはほっと息をつくと、千尋の頭を包むように抱えて肩を落とした。
「なんかなぁ……ホントに、オレはどうしようもねぇ大馬鹿だな。あんたを慰めてやりたい、大事にしたいと思って来たってのに、逆に泣かせちまうんだから」
千尋がゆっくり顔を上げてサザキを見ると、彼は目を逸らして所在無さげに頬を掻いていた。だがすぐ、わずかに赤くなった顔を千尋へと向け、改まった様子で話し始めた。
「けど、これだけは言っとく。ここに来たのは、酒の勢いなんかじゃねぇ。……まぁ確かに酒は呑んだ、が」
ぼそりと付け足してまた頬を掻くサザキに、千尋の口元のようやくかすかな笑みが戻る。そのことに安心したのか、サザキも照れ臭そうに笑って、また話し始めた。
「笑うなって。だがそれだってこんな小さい盃に二杯くらいなもんで、そんなもん、飛んでるうちにすっかり抜けちまったさ」
「でも……まだ少し臭うよ」
「そいつぁ、姫さんが酒の匂いに慣れてなくて敏感なだけだろ。それにほれ、さっきあんたに食らった強烈な一撃のおかげで完璧に目が覚めた。いやぁ……大した威力だったぜ」
「だ、だって……あれはサザキが……っ!」
「ははっ、わかってるって。ありゃあ完全にオレが悪い。蹴り飛ばされて当然だ」
「……ごめん」
「だから姫さんが謝る必要ねぇって、気にすんな。で、さっきはともかくとしてだな……オレは、酒の勢いを借りてあんたをどうこうしようなんざ金輪際思ったことはねぇ。これだけは……本当だ」
黙り込む千尋の髪を撫で、サザキは困ったように微笑んで言った。
「もう絶対にしねぇ。酒に頼るなんぞこれからもするつもりはねぇし、そうでなくても、あんたが望んでいないことは絶対、絶対にしない……約束する」
「サザキ……」
上目遣いで見つめる千尋に精いっぱいの笑顔を返し、サザキは彼女からすっと手を引いた。そして伸びをしながら翼を大きく広げると、片膝を立てて立ち上がる気配を見せた。
「さあって! そんじゃ、そろそろ退散するか!」
「え……? もう帰るの?」
「ああ。今日は二度も姫さんの顔を見れたからな、ご褒美としちゃ十分だ。それにあんたの言う通り、夜も更けたし……明日も早いんだろ?」
「……うん」
「ならしっかり寝とかなきゃダメだ。オレと違って、あんたは仕事が山ほどあるんだから」
屈託なく笑ったサザキは、そのまま立つとふわりと浮き上がった。
そしてきびすを返そうとしたのだが、思いがけない強い力で両腕にかけている頭巾の端を引っ張られて、牀の上に尻餅をついた。
「うおっ! な、なんだっ!?」
上半身を後ろに引かれたまま肩越しに振り返るサザキの前で、千尋は無言のまま素早く彼の頭巾を己の両腕にぐるぐる巻き付けてぎゅっと拳を握りしめてしまった。こうなっては頭巾を引き裂いてしまわないかぎり、サザキは身動きが取れない。
「……姫さん、どした? 話があるなら、明日また会いに来てやるよ」
背中をわずかに反らした姿勢でサザキが問うと、千尋はうつむいたまま首を振り、頭巾を握る両手にまた力をこめた。
「……ねぇ。だったら、普通の時にどうこうしようって思ったことは……あるの?」
「……は?」
予想外の千尋の言葉に、サザキは驚いて目を見張った。慌てて彼女の方へ向き直ろうとしたが、両腕を後ろから固定されていて上手く動きが取れない。
「ち、ちょい待ち姫さん! さっきからの流れでそういうこと訊くってのは、ちょっと……まずいだろ?」
「でも……だって、柊が教えてくれたんだもの。サザキが最近よそよそしいのは、その……私に会うと、そ……そういうことを考えてしまうからだろう、って。男の人はみんなそういうものだって……教えてくれたから」
「……んのやろお……っ!」
後ろに尻を移動させてどうにか前傾姿勢をとれるようになったサザキは、背中を丸めて頭を抱えた。
「あんのどスケベ軍師っ! 姫さんにおかしなこと吹き込みやがって……今度ツラ見たら張っ倒すっっ!!」
思わず毒づくサザキの丸まった背中をちらっと見上げ、千尋は小さく首を振った。
「駄目だよ、そんなことしちゃ。だって柊が教えてくれたから、私、自分の気持ちもわかったんだもん……」