薄衣の向こう

(11)

「……ふぅ」

ようやく一人になった千尋は、思わず安堵の溜息を漏らした。

別に誰かにせき立てられたわけではないし、必要以上に監視されていたわけでもない。

なのにいつものように仕事のあとで食事を取り、風早や那岐と他愛もない話をしてから部屋に戻ると、なぜだかどっと疲れが出た。

途中で布都彦が顔を見せたときは確かに緊張したが、それは彼が「姫……お顔がやけに赤いようなのですが」などと言い出したからで、そうでなければ何事も滞りなく治まったはずだ。

「……それもこれも、柊がおかしなこというから」

牀の上に身を投げ出した千尋は、敷布を掴んでぼやいた。自分で聞きたい!と願ったことなどすっかり忘れ、貴重な忠告(?)をしてくれたはずの柊の余裕綽々な笑みを思いだした千尋は、顔を赤らめて敷布に顔をうずめた。

「あーもうっ! 今度サザキに会ったとき、思いだしちゃったらどうするのよっ! 柊のばかっ!」

じたばたと牀の上で足を動かした千尋は、それから恨めしげに顔を上げて壁の掛布を睨んだ。

「でも、そもそもはサザキがあんな態度するからよね。言いたいことがあるならちゃんと言えばいいのに……って、でもそんな急に言われても、こ、困るけど……。もうっ! なによサザキのばかっ!」

いつの間にか全ての原因をサザキの所為にした千尋は、一声叫ぶと勢いよく敷布に顔を押し付けた。

「……まいったね。姫さんにまで馬鹿呼ばわりされるとは思ってなかったわ」

「……!?」

心底がっかりしたような声が窓辺から聞こえてきて、千尋はびくりと身体を震わせた。

布に顔をうずめたまま、まばたきを数回繰り返した千尋は、やがて意を決して恐る恐る顔を上げ、夜風がゆるやかに流れ込んでくる窓の方へと目を向けた。

「よおっ! もう休んでたのか?」

「ひゃっ!!」

叫んで固まる千尋の驚愕の表情とは対照的に、サザキは満足げに相好を崩すと羽ばたくのをやめて出窓の床に降り立った。

そしてゆっくりと室内に入って千尋が横になった牀に歩みよったのだが、一歩手前で立ち止まると怪訝そうに眉をひそめた。

「姫さん……どした?」

呼吸まで止まってしまったかのように動かない千尋の肩に、サザキは恐る恐る腕を伸ばした。

そうしてそっと触れると、千尋は息を吹き返したように肩を揺らしてから、ゆっくりと身体を起こしてまじまじとサザキを見つめた。

「ほんとにサザキ? ほ、本物……?」

「おうよ。なんだ、ホンモノのサザキ様が来ちゃいけなかったか?」

不安げにサザキが眉をひそめて首を傾げると、千尋は首がもげそうな勢いでぶんぶんと大きく振ってみせた。

「ううん、そんなことない! けど、え……な、なんで? え、夢?」

まだ混乱しているらしい千尋を呆れたように観察していたサザキは、やがて何か思いついたのか口角を上げて微笑むと、千尋の柔らかい頬を包み込んだ。

ひしゃげた顔を上げる千尋を楽しそうに見下ろしながら、彼女の鼻の頭にそっと唇を寄せた。

「ひくっ!」と、明らかに動揺した千尋の息づかいがおかしくて、サザキはまたくくっと笑った。そ

うして千尋の頬から両手を離すと、改めて彼女の華奢な肩と背に手を回して抱き寄せた。

「……な? 夢じゃねぇだろ」

「わ、わかったけど。夢じゃないってのはわかったけど……え? なに? ど、どうしちゃったの?」

「どうもこうもねぇって。あんたに……会いたくなったってだけだ」

「ふ、え――」

「会いたくて会いたくて、もう我慢できねぇって思った。だから来たんだ……ただ、そんだけのことさ」