薄衣の向こう

(7)

「柊、すごく楽しんでるでしょ?」

「そのようなことはありませんよ。我が君のお心を掴む翼もつ者への憎しみの炎で、この身も心も焦がし尽くされそうなのがおわかりになりませんか?」

「わかりません!」

ぷいっとそっぽを向く千尋の膨れっ面を横から眺めつつ、柊はくっくっと咽喉を鳴らして笑った。恐らく柊はこうして、サザキに対しても煙に巻く言動をして楽しんでいるのだろう。『親愛の情の成せる技ですよ』とかなんとか言って、薄笑いを浮かべながら。

「――まったく。味方にすれば心強いけど、敵に廻したら本当に厄介だよね」

ぼそぼそと口の中で千尋が呟くのを、特に聞きとがめることもなく楽しげに見ている様子からも、彼が千尋の考えそうなことなどお見通しといっているように思えて、千尋はまた口をとがらせた。が、ふと口元をゆるめると顔を上げ、柊を真顔で見上げてきたものだから、それまで浮んでいた笑みが彼の顔から消え失せた。

「いかがしました、我が君?」

「ねぇ柊――ひとつ、訊きたいことがあるんだけど」

「なんなりと、お望みのままに」

恭しく一礼されて、千尋は困ったように眉をひそめた。思いついた勢いで口に出してはみたものの、こうして改まって畏まられると、なんだか場違いな事を訊こうとしているように思えたからだ。

だが、一度問いかけたものをすぐ引っ込めてしまうと、またそのことでからかわれるかもしれない。どうせ笑われるなら、吐きだしてしまってからのほうが余程すっきりする。

だから千尋はひそめた眉を戻すと、出来るだけさらっと流すように質問するよう心がけた。

「あのね、執務とはまったく関係ないから、そんな改まった答えじゃなくていいの。ただ人生経験の豊富な柊なら、思い当たることがあるかもしれないってくらいの、本当に軽い質問だから」

「どのような内容であれ、我が君の問いとあらば誠心誠意真摯にお答えするのが家臣の務め。どうぞ、包み隠さずお話ください」

「だから、そんな大層なことじゃないってば。――ええと、その……男の人のこと、なんだけど」

「――ほう。それはまた……」

ふっ、と再び柊の口元に笑みが浮んだのを確認した千尋は、さあっと顔を赤らめた。

だが、もうそれを隠すのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきたのか、軽く肩をすくめると頬を赤らめたまま柊を軽くにらんだ。

「もうっ……ええ、そう。サザキの態度のことで聞きたいことがあるのっ!」

開き直った千尋は、柊の楽しそうに細めた片目を恨めしそうに一瞥し、小さくため息をついたから言葉を続けた。

「最近サザキってば……ちょっとおかしいんだよね」

「あの者が我が君とお会いしている時、まともだったことなどなかった気がしますが」

「茶化さないでってば。なんていうのかな、話を聞いてないんじゃないかなって時があってね……」

「我が君の天の調べにも似たお声を聞き流すとは、地獄の業火に焼かれても余りある大罪かと」

「……で、でねっ。そうじゃないと、なにか言いたそうにしてる時もあるの。だから『なに?』って聞いてみるんだけど、そうすると我に返ったみたいにはっとして、それから『なんでもない。気にするな』って言って……それで、おしまい」

「――なるほど」

感心したように柊が己の顎を撫でると、千尋はまた大きなため息をついた。

「最初は疲れてるのかなとか、病気なのに無理して会いに来てくれてるのかなって心配でこっそりカリガネに訊いてみたんだけど、彼の話だといつも通りご鈑もたくさん食べてるみたいだし、仲間たちと一緒の時は元気に騒いでるって。だから、身体の不調じゃないと思う……」

「となると……我が君には話せない事情を抱えている――なにか貴女に対して思い煩うところがあるのではないかと、ご心配なのですね?」

柊の問いに、千尋は素直にうなずいた。

「うん……私には言えないことがあるのかな……って」

「……それはもしや、彼が今もこの地に留まり続けていることに関することではないかと……そういうことでしょうか?」

柊の言葉に、千尋は思わず顔を上げて彼を見た。

「柊……どうして?」

「先ほども申し上げました。私は常に我が君のみを想っておりますと……ですから、察するのは簡単なことです」

「……そう」

微苦笑してから細いため息を吐きだし、千尋は目を伏せた。