「すまねぇ。次はいつ会えるかなぁって思ったら……ちょっと、な」
「サザキ……」
「へへっ、らしくねぇな。ま、あんたが抜け出せねぇってんなら、オレが会いに来てやる」
「ううん、大丈夫。頑張って時間作るから、サザキは無理しなくていいよ。橿原宮に来るの苦手でしょ?」
「あ、ああ……面目ねぇ」
「ううん、気にしないで。じゃあ、また。気をつけて帰ってね」
「ああ。姫さんも、あんま根つめるんじゃねぇぞ」
「うん、わかってる」
笑顔を浮かべて手を振る千尋に笑みを返すと、駆け出す彼女の背中が小さくなって視界から消えてしまうまで、サザキは黙って立ち尽くしていた。そうして完全に千尋の気配が消えた途端、大きくため息をこぼしてくるりときびすを返した。
すると背後から、それまでの成り行きを見守っていたらしい那岐の失笑が聞こえ、サザキは思わず肩越しに振り返った。
「……なんだよ? オレが姫さんに惚れてんのが、そんなにおかしいか?」
「別に、そんなこと一言も言ってないけど?」
「言わなくたって、お前のツラ見りゃわかる。けどな、オレだっておかしいと思ってんだ。ここんとこ飯食ってるときも、仲間たちと酒盛りしてるときも、今頃姫さんも飯食ってるかなとか、なにしてんだろうとか、そんなことばっかでさ」
「だから、別に言ってないって言ってるだろ」
「ええい、笑いたけりゃ笑え! オレはなぁ、寝ても覚めても頭ん中は千尋でいっぱいだ! 悪いか!?」
「……本気でうざいんだけど」
別に尋ねた訳でもないのに勝手にベラベラと話しだし、あげくに吠えるように叫んだかと思うとしゃがんで頭を掻きむしりながら唸るサザキを、まるで珍獣でも見るような目で見つめていた那岐は、やがて呆れたように眉をひそめて髪を掻き揚げながら上体を起こした。
「それで? そんな惚気を僕に聞かせて、どうしようっていうのさ。言っとくけど、僕はもう、うんざりするほどあんたたちに協力してる。これ以上、何かしてやる義理もないし、義務もまったくないから」
「んなこと、言われなくったってわかってるっつーの……」
「ならいいけど。それじゃもう用事は済んだんだから帰れば? あんたがお偉方に見つかったら、僕も面倒くさい」
「ああ……そーするわ」
はあーっ、と盛大にため息をついてからゆっくりと羽を広げるサザキを横目で観察していた那岐は、サザキの身体がちょうど中庭の樹の中程まで浮き上がったところで、頭の後ろに手を組んで幹に背中を預けて目を閉じた。
「わかってる……ね。なにも知らないヤツに限って、そういうことさらっと言うんだよね」
「……ん? なんか言ったか?」
中空でばさり、と大きく羽ばたいたサザキは、身体を逆さまにして那岐の方へ目を向けた。すると那岐は目を閉じたまま眉をひそめ、鬱陶しそうに顔をそらした。
「別に。ただ千尋が好きだって連呼する割に、千尋のことなんにもわかってないから呆れただけ……早く帰れよ」
「んだと? おい、那岐! そりゃあいったいどういう意味だよっ!?」
言って那岐に詰め寄ろうとした途端、那岐が口の中で何かを唱えた。と、サザキの身体は那岐の周りに突如発生した渦巻きに巻き上げられ、橿原宮の空高く放り投げられてしまった。
そうしてサザキの姿が消えたのと入れ違いに、ざわざわと回廊の辺りに人の気配がし始めた。どうやら宮の奥で打ち合わせをしていた高官たちが、次々に部屋から出て来たらしい。
彼らは回廊を談笑しながら歩き、ちらりと中庭で寝転ぶ那岐の方へ視線を向けるものの、それ以上の興味を抱くことはなく次々に通り過ぎていった。
その気配を背中で感じつつ那岐は小さくため息をつくと、今度こそ平和な休息時間を満喫するべく身体を丸めた。