「うんうん、わかるわかる。特に柊のヤツ、わざと話を混ぜっ返して難しくすんだよなぁ。そんでこっちが困ると、実に嬉しそうに笑いやがる。ありゃあ相当根性が悪いとみたね」
腕を組んで深くうなずくサザキに、千尋はくすりと声を漏らした。どうやらサザキも、柊の言動に振り回された覚えがあるらしい。
「ふふっ。確かに柊の言葉って、意図を読むのが難しいよね。私も、結局はいつも彼の望んだようにされちゃうし……」と呟いた千尋の言葉に、サザキは肩をぴくりと震わせて彼女の顔を覗き込んだ。
「姫さん……まさか、柊のヤツにおかしなことされたのか?」
「おかしなこと?」
思いがけないサザキの真顔を目の当たりにして、千尋は瞬きを数度繰り返した。だがすぐに顔を赤らめると、ぶんぶんと大きく首を振った。
「やだ! そういうことじゃなくて執務の話!」
「……ああ」
「私が未熟だから仕方がないんだけど、こうしたらどうかな?って提案しても、最終的には柊の意見が通っちゃうの。その誘導の仕方がね……正しいってわかってても、翻弄されてるみたいで悔しいんだよね」
「そっか……そういうことか」
うなずいて微笑んだサザキだったが、表情はどことなく冴えない。やがてそっぽを向いて己の頭をがしがしと掻くと、ちらっと千尋に視線を向け直した。
「あーっ! めちゃめちゃかっこ悪いぜ、くそぉっ!!」
「なに? どうしたの?」
「なんつうか、執務じゃ仕方ねぇってわかってる。わかってんだけどな……あんま他の男と馴れ馴れしく口きいて欲しくねぇっつうか……他の男の話されんのムカつくっつうか……くーっ。かっこ悪ぃなぁ、ホント」
頬を染めて悔しそうに眉をひそめるサザキをしばらく唖然と見つめていた千尋だったが、すぐに相好を崩すと嬉しそうに笑った。
「ふふっ、かっこ悪くなんかないよ。っていうか、ちょっと…嬉しいかも」
「姫さん?」
サザキが呟くと千尋はもう一度笑い、彼の長い赤い髪の端をそっと握りしめた。
「それじゃ柊たちには話せないようなこと……愚痴とか弱音とか、これからもそういうのいっぱい聞かせちゃうけど…いいかな?」
言って小首を傾げる千尋をぼおっと見つめたサザキだったが、はっと我に返ると大きくうなずき、胸を張って胸板をどんと拳で叩いた。
「おう、任せとけ。…って、オレはホント聞くだけしか出来ないけどな」
「ううん、それで十分。私、サザキに話を聞いてもらうとね、また頑張ろうって思えるし元気になれるから」
「っかーっ! 可愛いこと言ってくれるぜ、オレの姫さんは!」
感極まったように叫んで千尋をぎゅっと抱きしめると、彼女は「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「悲鳴も可愛いときたもんだ。ったく、このまま攫っちまおうかなぁ♪」
「…え?」
ご機嫌で抱き上げた千尋が思いがけず真顔を浮かべたので、サザキはふと笑いを強ばらせた。
そうしてしばらく、高く持ち上げていた千尋をしたからじっと見上げていたが、やがて微苦笑を浮かべるとそっと少女の身体を地面に下ろした。
「……なんてな。ははっ、冗談冗談。んなことしねぇから安心しな」
わざとらしく声を張り上げたサザキの顔をじっと目で追っていた千尋だったが、すぐに複雑そうな笑みを浮かべると小さくうなずいた。
「うん……」
そうしてしばらく、お互いに気まずげに視線を逸らしていたが、先にその沈黙に耐えられなくなったサザキが首の後ろを掻くと、顔を赤らめたまま軽く咳払いをしてみせた。
「さて……っと。姫さん、そろそろ帰らなきゃまずいんじゃないか?」
「え……あ、うん。そうだね」
言ってまた小さくうなずいた千尋の前に、サザキはすっと両手を差し出した。
「来いよ。送ってやる」
本当のところ、この草原から橿原宮までだったら、千尋の足でも歩いて帰れる距離だ。それに常世の国との諍いが治まった中つ国は、驚くほどの早さで復興を遂げていた。
それと同時に治安も安定してきており、都を中心としたこの一帯は、今では女子供だけで夜の散策を楽しむことも出来るようになっていた。
だから、わざわざサザキが橿原宮まで付き合わなくとも、千尋は一人で帰ることは出来るのだ。しかしそうとわかっていても、サザキはあえて「送る」と言ったのだろう。
そして千尋もまた、彼が橿原宮を毛嫌いしている(その理由は十二分にある)と知っていてなお、差し出された温かい手をそっと握りしめて微笑んだ。