Harmony

(11)

「ならサザキも忘れないで。私も橿原宮にいるけど、心はいつだってサザキと一緒だよ。広い広い海を、あなたと一緒に旅してるからね」

「おう、忘れるもんか!」

サザキが自信満々に言うものだから、千尋はつい可笑しくて笑ってしまった。顔を上げてサザキを見上げ、千尋はにこりと微笑んだ。

「ふふっ」

「ん? どした?」

「うん…。女王の旦那様が海賊だなんて、まるでおとぎ話みたいだなって」

千尋がくすくすと笑いながらそう言うと、サザキもつられて「あははっ! 確かにそりゃあ……」と笑ったのだが、不意に口をつぐんでそっぽを向いた。

「どうしたの?」

千尋も笑うのをやめると首をかしげ、怪訝そうにサザキの横顔を見つめた。そして彼が赤くなって頭を掻いているのを見て、驚いて目を見開いた。

「え? え? な、なんで?」

するとサザキはちらっと千尋を見おろし、また視線を泳がせてながら口を尖らせた。

「だ、だって……姫さんが『旦那様』とか……言うから」

「え……? え、こういうのってダメなの?」

さらっと言った願望というか、現代生活に慣れた千尋にしてみれば、「私の旦那様♪」程度の言葉は、そう恥ずかしいことではない。むしろ彼氏が出来たら、一度くらいは誰でも想像したり言ってみたりするものだ。

しかしここは豊葦原なので、そう言った言葉を女性が口にするのははしたないのかもしれない。と、一瞬思ったのだが、たぶんそれは違うだろうと思い直した。まず間違いなく、サザキが無類の照れ屋だからこその反応なのだろう。

すると案の定、サザキは千尋の言葉に大きく首を振ると、顔を真っ赤にしたまま弁解を始めた。

「い、いやっ! ダメなんてこたぁないっ! ぜんっぜんないっ! むしろ大歓迎っつうか、そこまで言ってくれるならオレも腹くくるっつうか!」

「……そこまで言うほどのことじゃないと思うけど」

つい苦笑してつぶやいた千尋だったが、急にサザキが真剣な顔をして彼女の肩を掴むものだから、驚いて息を飲んだ。

「サザキ……?」

するとサザキはごくりと息を飲み、千尋から目を逸らさずにじいっとその目を見つめた。

「姫さん……いや、千尋」

「なぁに?」

真っ直ぐに自分を見てくれる千尋の視線に、サザキはくらっと眩暈を感じた。つい怯みそうになるが、この機会を逃したら、次はいつ言えるかわからない。

「そう言うならこの際だ。オレのよ、よ、よっ……!」

「よ……? 酔ってる?」

「だーっ、違うっ! そーじゃなくてっ! い、いますぐオ、オレのよ、よめっよ……っ……」

「嫁さんになってくれっ!」と叫んだちょうどその時、千尋はすいっとそっぽを向いて立ち上がった。サザキの肩越しに、回廊を抜けた遠夜が、こちらの方へ向かってくるのが見えたからだ。

「遠夜! ここよ!」

他の者には聞こえないのだが、千尋には遠夜の声が聞こえるのだという。だから彼が千尋を捜して歩いている声が、少し前から聞こえていたのだろう。

『神子……』

千尋の前に足音も立てずに近づいた遠夜は、にこりと微笑んで口を開いた。

『足往たちが、調練の様子を見て欲しいと言った。神子が望んでいたからと』

「うん。兵達の栄養状態がどのくらい良くなったか、ちょっと確認したくてね。すぐに行くって伝えてくれる?」

『……わかった』

そう言って歩き出した遠夜の背中を見送ってから、千尋はくるりと振り返って微苦笑を浮かべた。

「サザキ、ごめんね。私、もう行かないと……あれ?」