「……マジか?」
「う、うん……」
「んじゃ……もっかい言って。サザキが好きって」
「え、ええっ!」
驚いた千尋が赤いままの顔を上げると、サザキは唇を尖らせながらそっぽを向いて肩を落とした。
「なんだ……やっぱ嘘なのか」
「う、嘘じゃないってば!」
「じゃあ言えるだろ。サザキ、愛してるわ♪って」
「……ううっ」
拗ねたような表情を浮かべてはいるが、もはや確信犯だ。
そんなサザキを恨めしげに睨んだ千尋だったが、やがて視線を下に向けたままで、彼の頬にそっと顔を寄せた。そして形の良い耳へ唇を寄せると、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、恥ずかしそうにささやいた。
「……サザキ、大好き。あ……愛してる、わ」
言った途端にかあっと頬が熱くなった千尋は、ぎゅっと目をつぶって身体を硬直させた。
しかし、サザキからなんの反応もないことに気がついて、いぶかしげに首をかしげつつ、ほんの少し身を引いた。
「……え……?」
千尋が思わずつぶやいて目を見張ると、サザキは赤くなった顔をさらに熱くして彼女から顔を背けた。よく見れば、ひねった首筋も真っ赤に染まっている。
「な、なんでサザキまで赤くなるのよもぉっ!」
「い、いや、だって……よ。姫さん、すげぇ色っぽい声出すから……」
「出してないっ! もぉ、言われて恥ずかしいなら言わせないでよねっ!」
「う……そ、そうだけど。でも……やっぱ言って欲しいのが男心ってもんなんだよなぁ……」
「もぉーっ!」
恥ずかしいやら腹立たしいやらで、火照った頬を膨らませる千尋の様子がなんとも可愛らしく見えて、サザキはまだ熱を持っている自分の頬を、照れくさそうに軽く掻いた。
そして千尋を自分の腕の中に迎え入れるようにして抱きしめると、彼女の額に自分の額をこつんとぶつけ、上目遣いな少女の瞳を覗き込んだ。
「けど、一番悪いのは姫さんだぜ? そもそもあんたが、オレと一緒に海に行けないなんて言うからだ」
「それは……でもサザキだって、ここで一緒にはいられないって言ったじゃないの」
「オレは理由があっただろ。あんたの側には居たいが、ここはオレがいるべき場所じゃないって」
「なら、私も同じだよ」
そう言い返した千尋はついっと身を引き顔を離すと、真っ直ぐにサザキを見返した。
「私は中つ国の王だから、この国がもとの姿を取り戻すまで、ここから離れるわけにはいかないもの」
「……姫さん」
サザキが口を開くと、千尋は少しだけ表情を緩めた。
「最初はね、二ノ姫だからとか龍神の神子だから、国のことを第一に考えなきゃって思ってたの。けど、いまは少しだけ違うんだ。私は私としてこの国を愛してるし、この国がまた昔のように繁栄することを願ってる。そして、それを見届けるのが王としての責任で、葦原千尋の願いなの。だから……」
千尋がサザキを見る目は、真っ直ぐで曇りがなかった。その輝きにこそ惹かれたのだが、サザキは眩しさにわずかに目を細めた。
「私は、なにもかも放りだして、あなたと一緒に行くことはできないよ。少なくとも、いまは。……ごめんね」
そう言って軽く頭を下げる千尋の前で、しばらくサザキは黙っていた。やがて頭を軽く掻きながら小さなため息を漏らし、改めて彼女の背に腕を回すと、あやすようにぽんぽんと軽く叩いた。
「いいって、謝ることねぇよ。自分の故郷が大事だってのは、いいことだぜ。うん、ほんと姫さんらしいわ」
「サザキ……」
「けど、オレに言うときはすっげぇ照れてたのに、国を愛してるってのはさらっと言っちまうんだもんなー。そこはちょっと悔しい」
「そ、それは比べるものじゃないでしょ!」
弾かれたように顔を上げた千尋は、サザキとばっちり目が合って面食らった。
しかしサザキのほうは楽しそうに目を細めて笑うと、「ま、そーいう姫さんだから、オレも惚れたわけだけどな」と言いながら、千尋の頬に軽く唇を寄せた。
「それに国は、こーいうこと出来ねぇし。へへっ、やっぱオレの勝ち♪」
「ちょ……もぉーっ」
顔を赤らめ、呆れたようにため息をつく千尋をぎゅっと抱きしめ、サザキはくすくすとまた笑った。そして彼女の髪を優しく撫でながら、ゆっくりと口を開く。
「なぁ、姫さん。ひとつ、約束だ」
「……なに?」
「この先、そう遠くない未来に、オレは船を必ず手に入れる。そして……海に出て行く」
「……うん」
「けど、離れるのは身体の距離だけで、心はいつだって姫さんの側にいる。あんたと共にある。それを……忘れないでくれ」
「うん……忘れないよ」
つぶやいてうなずいた千尋は、サザキの背に廻した腕に力を込めた。