「なんていうか、こう直接会えなくって……いやもちろん、姫さんの可愛い顔が毎日拝めりゃすげぇ幸せだし言うことなしだぜ! けど、お互いの心と心が繋がってたら、距離とか時間とか、そういう邪魔なもんはあんま関係ねぇんじゃないかって……あー、でも、そう思ってんのはオレだけだしなぁ。そういうのはイヤだってあんたに言われちまったら、もうそれまでなんだよなぁ……」
そう言って伺うように千尋の顔をちらっと盗み見たサザキだったが、彼女はいつの間にかうつむいていて、サザキの方を見てはいなかった。
その動かない身体に不安を感じたサザキは、眉をひそめて首をかしげ、下を向いている千尋の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「ひめ……さん? やっぱ……怒ってるか?」
そう言って、しばらくサザキが口をつぐんでいると、千尋がゆっくりと顔を上げた。
怒っているならまだ安心で、いくらでも怒鳴られよう。けれど、もしも彼女が泣いていたら……と、サザキはばくばくいう心臓の鼓動を感じながら唾を飲み込んで待った。
しかし千尋は、何故か困ったように微笑んでいた。
その表情が逆に理解できず、サザキは大きく目を見開くと口をぽかんと開けた。
が、その彼の表情が可笑しかったのか、千尋がぷっと吹き出して顔をしかめた途端、はっと我に返って千尋の肩を掴むと身を乗り出した。
「な、なんだよ? 怒ってるんじゃねぇのか?」
「ふふっ、怒ってないよ。サザキらしいって思っただけ」
「……オレらしい?」
「うん。だって普通ああいう時って、嘘だろうがなんだろうが、一緒にいるって言うものでしょ? その方が簡単だし、問題も起きないし」
「まぁ……そう、だな」
サザキがつぶやくと、千尋は彼を見つめ返しながらにこりと微笑んだ。
「けどサザキは、そうはしなかった。本当の正直な気持を話してくれた。それがサザキらしくて……だから、嬉しいなって思ったの」
言いながら千尋は、サザキの首に両腕を回し、驚いて大きくなった彼の赤い瞳を覗き込んだ。
「だから私も、本当のことを言うね」
サザキの瞳が不安げに揺らぐのに目を細めながら、千尋はゆっくりと口を開いた。
「私、夕霧が帰るって告げに来たときから、ずっと考えてたの。もしもサザキが、一緒に海に行こうって言ってくれたら……」
ごくり、とサザキは息を飲んだ。
彼だって、それを考えなかったはずはない。しかし彼女のことを思えばこそ告げてはいけない、と封印していた言葉を、千尋が考えていてくれたことが嬉しかった。
そして二人の思いが一緒なら、いまここで自身の口から言ってしまってもいいのかもしれない。
夢の中のように、彼女が皆の声に答えて行ってしまう前に、翼を手に入れる前に、捕まえてしまってもいいのかもしれない。
「ひ、姫さん! だったら、オレと……っ!」
意を決したサザキは千尋の肩をぐっと引き寄せ、お互いの唇に触れてしまいそうなほど顔を近づけてそう言うと、千尋はふわりと微笑んで唇を動かした。
「私は……一緒には行けない。そう、言うつもりなの」
「…………へ?」
思わず間の抜けた声を出したサザキは、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
なにか衝撃的な発言が、愛しい少女の口から漏れたような気がするのだが、それを理解することを頭が拒否しているようだ。だから改めて彼女の顔をまじまじと見つめ、サザキはゆっくりと口を開いた。
「あの……姫さん。い、いま……なんて?」
すると千尋は笑みを浮かべたままで、サザキと同じようにゆっくりと、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「私は、一緒に行けないわ。ごめんね、サザキ」
途端に、サザキは宮殿中の柱や壁ががらがらと音を立てて崩れたように感じた。
いや、地面そのものが震動を起こし、この世の終わりとはこういうものなのか?という衝撃が彼の脳を直撃した。
「……そ、そっか」
懸命に取り繕おうとするのだが、自分でもわかるくらい発した言葉は震えていた。
なんだ……。今朝見たあの夢……これを予知してたのか。
姫さんに嫌われちまったら……オレ、これからどーしたらいいんだ?
がっくりと肩を落とし、うつむいて盛大なため息を吐くサザキの様子を、最初は笑顔で観察していた千尋だったが、彼の落ち込みようがあまりに激しいので、流石に可哀相になったのだろう。笑顔を引っ込めると首を軽くかしげ、どんよりとした風情で頭を垂れるサザキの顔を覗き込んだ。
「あの……サザキ。そんな落ち込まないで」
「……そりゃ無理だ。姫さんに嫌われちまったんだから……」
「もう、違うってば。誤解しないでよ!」
「けどなぁ……んなはっきり一緒にいたくないって言われちまったら……」
「はぁーっ……」とまたため息をつくサザキに、千尋は「もぉっ!」と叫ぶと彼の長い髪を掴んで引っ張った。
「い、いててっ! ひどいぜ姫さん。傷心のオレに更に追い打ちするなんて……」
「だってサザキが話をちゃんと聞かないんだもの!」
「もう……これ以上聞く勇気、オレにはねぇ……」
「ばかっ! ちゃんと聞いてよ! 私は今だってサザキが好き、大好き! えーと、その……ほ、惚れてるってば!」
千尋の言葉に、サザキはゆっくりと顔を上げた。そして彼と視線が合った途端に真っ赤になった千尋をしばらく観察し、ぼそりと声を漏らした。