「ありがと……心配してくれて」
「……ああ」
「夕霧が帰っちゃって寂しいってのは本当。でも、それだけじゃなくて、ちょっと考えちゃって……」
「なにをだ?」
淡い黄金色の髪から覗く耳元でサザキがささやくと、千尋は幸せそうにくすぐったそうに首をすくめたが、今度は怒らなかった。
「私がこの国に帰ってきたように、みんなにも帰る場所があるんだってことを思いだしたの」
そう言って千尋は、サザキの存在を確認するように、彼の右手を両手で包むようにして握った。
「サザキも、いつかは帰るんだって思いだして。あなたの居るべき場所……海に行ってしまうんだって」
彼女の言葉に、サザキの身体がぴくりと震えた。それがまるで真実を言い当てられて驚いているように感じられて、千尋はさらにサザキの手を強く握った。
「サザキがこの国に馴染めないこと、私だってわかってる。それでも私のために、我慢してここに居てくれてるのも知ってる」
「姫さん……」
「だからね、これ以上望んじゃいけないってわかってるの。サザキが船を手に入れたら、笑って見送らなくちゃいけないって思ってるの。でも……本当にその時がきたら私……私は……」
言葉に詰まった千尋の背中を見おろすと、華奢な肩は小さく震えていた。
それをしばらく見つめていたサザキは、下唇をぎゅっと噛みしめて彼女の両肩をしっかりと掴んだ。そしてぐるりと廻して自分の方を向けさせると、真剣な表情で千尋を睨むようにして見つめた。
「姫さん! いや、千尋っ!」
「は、はいっ!」
振り返った千尋は、泣いてはいなかった。だがサザキの怖いくらい真剣な表情に圧倒され、反射的に返事をして一度うなずくとそのまま口を閉じ、じいっとサザキの目を見返した。
「千尋、オレは……」
ここまできたら言うべき言葉はひとつしかないし、それを言えば彼女の瞳はきっと輝くだろうとわかっているのだが。何度か口を開きかけては閉じるという動作を繰り返したサザキだったが、やがてがっくりと頭を垂れて深いため息をついた。
「……だめだぁ……言えねぇ」
「え……?」
「こういう時、いつまでも側にいるとか、ずっと一緒だとか言ったほうがいいってのはわかる。けどオレは、あんたに嘘をつきたくないんだ」
「……それって、つまり私のこと……」
千尋の口からぽつりと漏れた声が、寂しげに響いたので、サザキは慌てて顔を上げた。
「ち、違う! 誤解しないでくれ! あんたを嫌いになるなんて絶対ないっ! オレは姫さんに、今だってめちゃめちゃ惚れてるっ!」
サザキの絶叫するような告白に、千尋は面食らってまばたきを繰り返した。そして頬を赤らめてうつむくと「……う、うん」とつぶやき、上目遣いに彼を見上げた。
「けど……だったら……」
「一緒にいるって言ってくれないのはなぜ?」と問いたげな千尋の視線に、サザキは言葉に詰まった。しかしすぐに小さく首を振ると、改めて彼女を見つめた。
「あんたを安心させるために、その場限りの嘘をつきたくないんだよ。オレは……あんたの側にいたい。いつまでだって一緒にいたいさ。けど……それと同じくらい、オレは海に出たいんだ。オレの船で、日向の皆と、どこまでも続く大海原を自由に旅してみたい。だから『いつまでもここにいる』なんて、約束は出来ない」
「……サザキ」
「あんたが言った通り、ここはオレがいる場所じゃないんだろう。オレの目指す場所は、ここにはなくて海の上にあるんだ。だから船が手に入ったら、オレは迷わず旅に出る。……そう、決めてる」
サザキの告げるひと言ひと言が、千尋の心にゆっくりと染み渡っていく。けれど離れる寂しさを想像して、千尋は悲しげに口をヘの字に曲げた。
するとサザキがまた慌てて、彼女の頬を両手で包んだ。
「け、けどな! だからって姫さんと別れるってんじゃないぜ! さっきも言ったが、オレはあんたに心底惚れてんだ。たとえ龍神が復活して姫さんと別れろって言ったって、絶対きく気はない。これっぽっちもだ」