「……姫さん?」
不思議そうに首を傾げるサザキの様子がまた面白かったのだろうか、千尋は相変わらず笑ったままだ。
「な、なんだよ。どうせオレは、バカみたいな夢しか見てねぇよ」
拗ねてそっぽを向くサザキの膨れた横顔を見つめ、千尋はようやく笑うのをおさめた。
「ご、ごめん。でも、なんかサザキって可愛いなぁと思ったらつい……」
「か、可愛いだぁ!?」
「だって、夢で見たことを確認しにくるなんて、なんか子供みたいで可愛いじゃない」
「こ、子供……!」
立て続けに、自分より十歳以上年下の少女に衝撃的なことを告げられ、サザキはがっくりと肩を落とした。そのあまりの落ち込みように、千尋は慌てて身を乗り出すと、サザキのうつむいた顔を下からのぞき込んだ。
「ねぇ。悪気があって言ったわけじゃないんだから、そんな落ち込まないでよ」
「悪気がなきゃ、なに言ってもいいのかよ……」
むうっと膨れて目をすがめる様子に、千尋はまた笑いそうになった。しかしここで吹き出したら、サザキはますます機嫌を損ねてしまうだろうとわかっているから、千尋はぐっと息をのみ込んでぺこりと頭を下げた。
「そうね、良いわけがないよね。ごめんなさい」
しばらくそうして頭を下げていると、やがてサザキの小さなため息が聞こえた。それから千尋の頭の上に彼の手がふわりと乗せられ、彼女がゆっくり顔を上げると、そこにはサザキの照れくさそうな笑顔があった。
「オレのほうこそ、んなガキみたいなことで怒って悪かった」
「ううん……私こそ」
そう言って千尋がまた首を振ると、サザキは彼女の頭をぽんぽんと軽く叩きながら笑った。
「んじゃ、しけた話は終いにしようぜ。せっかく会えたのに、二人して謝り合うだけなんてつまんねぇし」
「……うん」
サザキの笑みにつられて千尋も笑うと、彼は嬉しそうに目を細めながら、彼女の頭の上から手を引いた。そして千尋の脇の下にするりと腕を滑り込ませると、驚く少女の身体をひょいと持ち上げ、自分の方へ彼女の背を向けさせた。
「サ、サザキ?」
首だけ振り返って声を上げる千尋を膝の上に乗せ、彼女のお腹の辺りに腕を回して両手の指を組んだサザキは、そこでようやく満足げな息を漏らした。
「やっぱこうしてっと安心する。オレだけの姫さんだって気がすんだよな」
「……もぉ」
サザキの言葉に頬を赤らめ苦笑した千尋だが、彼女もこうして抱きしめられていると安心するものだから、それ以上文句を言おうとはせず、肩から力を抜くと、サザキの胸に背中をもたれかけた。そうして心地よさそうに目を閉じながら、千尋はぽつりと声を漏らした。
「ねぇ、今日って、本当に夢の確認に来ただけ?」
千尋がそう尋ねると、サザキは「んー……」と低く唸り、彼女の頭に額を乗せるように頭を垂れた。
「夕霧が帰っちまうって聞いたんだ。だから姫さんが寂しがってるんじゃないかってな」
「……そっか」
つぶやいて千尋は、彼女の膝の上で組まれたサザキの手の甲にそっと触れ、くすりと小さく笑った。
「ふふっ。風早の言ったとおりだ」「ん?」
千尋の口から出た従者の名前に、サザキは怪訝そうに眉をひそめて顔を上げた。
「なんだ? 風早がオレのことなんか言ったのか?」
「うん、さっき私を呼びに来たときにね。『夕霧がいなくなって寂しがってるんじゃないかと、様子を見に来てくれたんだと思いますよ』って」
風早には、そんな話をした覚えがないサザキだったから、彼は千尋の答えに驚いて目を見開いた。だが、すぐに不機嫌そうに唇を尖らせると、千尋の身体に廻した手に少しだけ力を入れた。
「サザキ? え、なんで怒るの?」
「別に怒ってねーよ。ただ……なんかむかつく」
ぼそりと耳元で聞こえた小さな声に、千尋は微苦笑を浮かべた。
恐らく彼は、自分の行動が風早にすべて読まれているというのが気に入らないのだろう。そしてそこに、千尋のことを自分よりわかっている従者への嫉妬も、ほんの少し入っていたらいいな、などとつい思ってしまったりもした。
こんなに大事にされているのに、もっともっとと望んでしまう自分をなんて我が儘なんだろうと考え、つい口をつぐんでしまった千尋の様子に気がついたサザキは、軽く首をかしげて、彼女の耳に唇を寄せた。
「……姫さん? どうかしたか?」
「ひゃあ!」
悲鳴を上げてびくりと身体を震わせた千尋に、サザキはぎょっとしてわずかに身を引いた。
「な、なんだよ」
「う、うっ……」
耳元を手で押さえて振り返った千尋の顔は真っ赤で、恨めしそうにサザキを睨んでいる。
「もぉ……耳は反則だって言った!」
「へ? ……ああ、そーいやそーだったなぁ」
途端にサザキはにいっと笑って目を細めると、千尋を改めて抱き寄せて、今度は逆の耳に口を近づけてささやいた。
「姫さん、こーすっと弱いって言ってたっけ」
「うきゃうっ!!」
飛び上がって叫んだ千尋は両耳を手で覆い隠し、涙目になりながら振り返ると、楽しそうに声を上げて笑うサザキを精いっぱい顔をしかめて睨んだ。
「サザキっ! もぉばかっ!!」
「あはははっ! もーほんと、あんたは可愛いなぁ」
「うーっ。さ、さっきまで子供みたいに拗ねてたサザキに言われたくないよ!」
「うっ。そ、それは言うなって……」
痛いところを突かれて決まり悪げに視線を逸らすサザキの態度に、千尋の溜飲はほんの少し下がった。
だから彼女は満足げな笑みを浮かべると、再びサザキの腕の中に収まり、彼の両腕を取って自分の前で組み直させた。