「……ここが固いのよね。今度こそ……ちゃんと、と・お・っ・て・っ!」
指先に気合いを入れて針を動かすと、重ねられた布からようやく針の先が見えた。望美がほっと息を吐きだした途端、小屋の外から聞きなれた声が響いてきたので、彼女はびくりと身体を震わせた。
「おーーい、望美ーっ! いねぇのかーっ!」
「い、居るよ! ちょ、ちょっと待ってっ!」
将臣の声に慌てて顔を上げて返事をしたが、よそ見の所為で針が望美の指先に刺さった。
「いったっっ!」と叫んで立ち上がった途端、膝の上に乗せていた裁縫道具がばらばらと床にこぼれ落ち、振り上げた右手は壁に当たって鈍い音を立てた。
「いったぁーーーいっっ!!」
「どうしたっ!?」
将臣の怒鳴り声と駆けてくる足音が聞える中で、望美は手にしていた着物を慌てて丸め行李の中に隠し、床に散らばった針と糸を拾うためにしゃがんだ。
「望美、大丈夫か!?」
扉代わりに入口にかけていた竹の簾を乱暴に捲って中に入ってきた将臣を見上げ、望美は困ったような笑みを浮かべた。
「お、お帰りなさい……ちょっと針を落としちゃったの。ごめんね、驚かせて」
「……本当にそれだけか?」
「う……えと、よそ見してたら指、刺しちゃった」
「指?」
「で、でもそんな大したことないから。ほんと、ちょこっと刺しただけ」
言って苦笑いを浮かべながら、刺した人さし指を将臣に見えるように立てると、彼はこわばった表情のまま無言で望美の側に歩み寄った。そして「見せてみろ」と呟くと彼女の右手を掴み、人さし指をぎゅっと押さえた。すると望美の指先から、ぷくっと小さな血の泡がいくつか出るのを確認し、呆れたような表情を浮かべて顔を上げた。
「……ちょっと、じゃねぇぞこれ」
「べ、べつに刺したくて刺したわけじゃない…もん」
頬を赤く染めて眉をひそめる望美の顔を見つめているうちに、将臣の表情がゆっくりと和らいでいった。やがて彼は口元に微かな笑みを浮かべると、掴んでいた手をすっと持ち上げた。
「舐めてやろうか?」
「え? な、なに言ってんの!」
「一番早い消毒方法だろ。遠慮すんなって」
「や、ちょっとバカッ、将臣くんのエッチヘンタイっ! 離してっ!!」
ゆでダコのように真っ赤になった望美は、じたばたと必死になって抵抗して将臣の手から逃れると、お腹を押さえてうつむき、肩を震わせて笑っている将臣の頭部を睨みつけた。
「もう、さいってい! そーやって、すぐ人をからかっておもちゃにするんだから! 将臣くんのバカっ!!」
「おま、ボキャブラリー貧困すぎ……さ、さっきからバカしか言ってねぇじゃ、ん」
「う、うるさい! バカだからバカって言ってるの、バカっ!」
「あっははははははっっっ!! や、ヤベェ、笑いすぎて腹痛てぇ…」
「もうっ、笑うなーーっ!!」
拳を振り上げる望美の頭を押さえつつ、将臣はくっくと咽喉の奥でまだ笑っている。
「まー、今日は大漁だからさ。腹いっぱい食べていいから、機嫌直せって、な?」
「またぁ! そうやって都合悪くなると、すーぐ子供扱いするんだ……」
むうっと怒って顔を上げた望美の顎をひょいとつかむと、将臣は彼女の口を唇で塞いだ。しばらく望美の唇の柔らかさを堪能してからゆっくりと顔を離すと、目元をほんのりと紅色に染めた望美を見つめ返してにーっと笑う。
「子供相手に、こういうことはしねぇだろ?」
「……ばか」
怒ったり恥じらったりとクルクル変わる望美の表情が可愛らしくて、彼女の存在が愛おしくて、将臣はそっぽを向いた望美の身体を包むようにそっと抱きしめた。