当初将臣は望美と共に、安徳帝こと言仁や彼の祖母に当たる二位の尼らと一緒に住むつもりだった。だがこの島に到着して、他の男衆と家屋の建設を始めた頃に二位の尼が「将臣殿は望美殿と二人でお暮らしなさい」とわざわざ告げに来たのだ。
驚く将臣と、すっかりその気だった望美はしばらく顔を見合わせ、揃ってゆっくりと尼御前に視線を向けると、彼女は二人を見ながら微かに微笑んだ。
「もう戦も日々の暮らしの心配もないのでしょう? ならば将臣殿、貴方を責務から解放して差し上げなければなりませぬ」
「ですが俺は、いや俺達は、責任だけで一緒に住むと言っているわけじゃないんです。な?」
「うん。お二人のことが心配っていうのはもちろんあるけれど、私たちも教えていただきたいことがたくさんあるんです。だから、だったら一緒に暮らしたほうがお互いにもいいんじゃないかって、将臣くんと話し合って決めたんです」
将臣と望美の言葉を聞き、二位の尼は目を細めた。本州から下る舟の旅路の中で、この若い二人のことを実の息子や娘のように思えるようになっていた彼女にしてみれば、これ以上嬉しい言葉はない。
しかしそんな二人を思うからこそ決意したこの申し出を、彼女は取り消すつもりはなかった。
「お二人の申されようはまことにありがたきことと、この尼の心に沁みました。なれど、だからこそ申し上げておるのです」
「尼御前……」
「別れて暮らすと言うても、小さな島の中のこと。将臣殿のお力が必要なときには、また頼らせていただくこともありましょう。ですが……」
そう言って二位の尼はゆっくりと視線を望美に向けると、聖母のような笑みを浮かべた。
「永きにわたり、我が平家に連なれし還内府重盛は今やあらず。ここにおわすは将臣殿……そなたの大事なお人でありましょう?」
望美が言葉を詰まらせる前で、二位の尼は深々と頭を垂れた。
「『還内府』はこの戦なき島には不要の者。なれば望美殿、貴女に『有川将臣』殿をお返しいたします」
「時子さま……」
不意に溢れてきた涙を望美は隠せずに、慌てて将臣の腕をぎゅっと掴んでうつむいた。そんな彼女を慈愛に満ちた眼差しで見つめていた二位の尼は、ゆっくりと顔を上げて将臣を仰ぎ見る。
「ようも今まで孝行を尽くしてくれました、将臣殿。これよりは望美殿を……心より愛おしゅう思う者を、まことの武をもって守る時ですよ。それは戦場で敵を斬るよりも難しく、勝ち戦とするよりも厳しきことと、覚悟なされませ」
「……はい。お言葉、しかと受け止めました」
将臣がうなずくと、二位の尼もまた満足げにうなずき返した。そして彼に寄り添って嗚咽している望美の髪を優しく撫でると、そのままゆっくりと歩み去った。その背中を黙って見つめていた将臣は、やがて目を細めて視線を望美に向け、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「望美……幸せになろうな。やっと『将臣』と『望美』に戻れたんだから……絶対、幸せになってやろうぜ」
将臣の言葉に望美はただ泣くことしか出来なくて、それでも必死で何度も何度もうなずいてみせた。