手裏剣アイコン

つなぐ手と手

(5)

「きゃっ!?」

「ったく! あんたはほんっと可愛いなぁ! あーもうっ抱きしめちまいたい!」

「って、もう抱きしめてるじゃありませんかっ! 約束が違いますよっ!」

「冷たいことは言いっこなしで頼むぜ、お姫さんよぅ。さっきは許してくれたじゃねぇか」

「それとこれとは話が違いますっ!」

叫ぶように言ったほたるは秀吉の身体をぐいぐい押し、ようやく彼の腕の中から逃れると大きく肩で息をついた。その様子に秀吉はまた楽しげに笑ったが、ふと真顔に戻ると腕を組んでほたるの顔を覗き込んだ。

「なぁ、お姫さん……あんた、オレのことどう思ってる?」

一瞬ほたるは秀吉を軽く睨んだが、彼が思ったよりも真剣なまなざしを向けてくるものだから、軽く息を飲んで頬を赤らめた。

「どう、とは……どういう意味でしょうか?」

「言葉通りだよ。オレのこと、好きか、嫌いかって訊いてんのさ」

真面目な表情のまま秀吉が答えると、ほたるは困惑した表情を浮かべて視線を逸らした。それからわずかに間を開けて顔を上げたほたるは、改めて秀吉に目線を戻した。

「でしたら……わかりません、としかお答えできません」

意外な答えに秀吉は、驚いたように片方の眉尻を持ち上げた。

「わかりません、って……おいおい。そいつぁ、いったいどういうことだよ?」

するとほたるは困ったように眉をひそめ、軽く口を尖らせた。

「だって、本当にわからないんです。最初は嫌いというか、苦手な相手だと思っていました。私の正体を見破られてからは、ますますそう思うようになって……」

「……じゃあ、嫌いってことか?」

ぼそりと拗ねたように秀吉が問うと、意外にもほたるははっきりと首を振ってみせた。

「いいえ、今は嫌いではありません。そもそも最初から嫌いだったわけではなくて、今まで接した誰とも違うので、どう対処していいかわからなかっただけで……そうですね。やはり苦手だった、というのが一番しっくりきます」

自分の言葉にうなずくほたるの前で、秀吉はぱっと顔を輝かせて身を乗り出した。

「過去形ってこたぁ……今はっ? 今は好きってことかい?」

するとほたるはまたはっきりと首を振り、乗り出してきた秀吉から半歩離れたかと思うと、だめ押しとばかりに大きく首を振った。

「いいえ。少なくとも秀吉殿が望まれるような好きという感情はありませんから」

「はぁ……そこは言い切っちまうんだ」

がくりと頭を垂れた秀吉に、ほたるはようやく笑顔をみせた。その微笑みを恨めしげに見つめた秀吉だったが、やがて顔を上げると苦笑しながら首の後ろを掻いた。

「それで、わかりません、か……。なるほど、あんたらしい」

「秀吉殿?」

不思議そうに首を傾げるほたるに笑ってみせた秀吉は、隙をついて再び彼女の手を取った。そして肩に腕を廻してぐるりと向きを変えさせると、二人並んだ形で足を踏み出した。

「さっき、退魔の法なんぞ持ってないって言ったが……あんたは十分、浄化の力を持ってるよ」

「え?」

怪訝そうな声を漏らすほたるの肩から手を外した秀吉は、繋いだ手をきゅっと握って天を仰いだ。

「だってよ。オレはこの通り、いまは実に清々しい気分になってる。こいつぁお姫さん、あんたのおかげだ」

「と、言われても……私はなにもしていませんよ?」

ますます困惑したように秀吉の顔を覗き込むほたるの様子に、秀吉はくくっと笑って鼻の頭を誇らしげに撫でた。

「いんや。ちゃーんとしてくれたぜ」

秀吉を取り込んだり、偽ろうと思っているならば「好き」と答えて、しなだれかかればいい。任務の邪魔をさせぬよう牽制するならば「嫌い」と言って、敢えて突っぱねてみせればいい。

しかしいま秀吉の隣にいる、実にくの一らしからぬ少女は、そういった駆け引きをしようとはしない。否、そんなことなど微塵も考えたことはないのだろう。実に真っすぐで天真爛漫に、ありのままの気持ちを秀吉にぶつけてくるのみである。

そんな素直なほたるの言葉は、秀吉の胸の奥底に瘧のように淀む負の感情をいともあっさりと包み込んで消し去ってくれた。後に残ったのは、まぶしいほどの清々しさと彼女への温かくもくすぐったい想いだけだ。

「――ありがとな、お姫さん。あんたに会えて、本当によかった」

しみじみと言ってほたるの小さな手を握りしめると、彼女は軽く息を飲み、それから視線をついっと逸らして顔を伏せてしまった。

彼女の流れる髪の隙間からのぞく頬が、ほんのりと朱に染まっているように見えるのが、自分の錯覚でなければいいのにと願いながら秀吉は、再び天を仰いで頭を掻いた。

「しっかし、オレをどう思ってるかわからないってのは…ちっとばかし不満だなぁ」

「え?」

突然話題が変わったことに、ほたるは驚いて声を漏らすと同時に顔を上げた。すると隣で秀吉がにこりと笑い、握ったほたるの手をくいと軽く引っ張った。

「けど……そんなら今後、どっちにも転ぶ可能性があるってことだよな?」

「あの、それはどういう意味で…」

きょとんとした表情で見上げてくるほたるに、秀吉はにこにこと笑いかけながら彼女の手を握る手に力を込めた。

「んー、つまりだな。お姫さんはずるいって話さね」

秀吉の快活な言葉に、ほたるは案の定驚いたように眼を見開いた。そして眉をひそめると、可愛らしく口を尖らせた。

「わ、私のどこがずるいというのですか?」

「ずるいさ。だってあんたは一言一言が全部可愛くて、何をしても愛おしくて、そのたびにオレを夢中にさせちまうってのに、あんたはちっともオレに惚れてくれねぇ。こんなの不公平だし、あまりにもずるい」

「なっ!?」

今度こそ本当に顔を赤らめるほたるを引き寄せた秀吉は、彼女の耳元で内緒話をするようにこそりとささやいた。

「なぁ、お姫さん。オレにどうして欲しい? どうしたらあんたは『秀吉殿、好き好き大好き!』って言ってくれる?」

「しっ、知りませんっ!」

叫んでそっぽを向いてしまったほたるの横顔を、秀吉は楽しそうに笑いながら見おろした。互いに繋いだ手は、もう離れることはなかった。