「あんたが生きてるってわかって、身体中の力が抜けた。それから訳がわからねぇほど怒りが込み上げて……許さねぇって。ほたるを傷つけた奴らを許しちゃおけねぇ、殺してやるって……頭ん中がいっぱいになっちまった」
息苦しさに小さく喘いだほたるに、秀吉ははっとしたように腕の力を緩めた。しかし彼女を離そうとはせず、背に廻した手をそのままに深いため息をついた。
「悪い……」
ほたるは秀吉の腕の中でゆっくりと首を振り、その背に手を回してあやすようにそっと撫でた。
秀吉はしばらく黙ってほたるに背を撫でられていたが、やがて小さく身じろぎするとぼそりと言葉を漏らした。
「――城への攻撃はひとまず中止だ。その代わり城を囲んで逃げ道をなくし、それから降伏を促す使者を送ることにする。これで……いいよな?」
「秀吉殿……」
ほたるが案ずるように声を落とすと、秀吉はまるで自分をあざ笑うような皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
「城主を許すわけにゃあいかねぇが、関係ない者まで一緒に冥府に送ったんじゃ、オレだけじゃねぇ信長様の天下に傷がついちまうもんな。自分の感情だけで突っ走っちまうなんざ、オレもまだまだってこった。……目を覚まさせてくれてありがとな、ほたる」
するとほたるは何度も首を振り、ぎゅうと秀吉の頭を抱きかかえて声を詰まらせた。
「ほたる……?」
「いいえ、いいえっ! 私こそごめんなさいっ! 秀吉殿を守る、側にいると言っておきながら、秀吉殿の心を傷つけ孤独にしたのは、私だったんですね。いつだってあなたに甘えてばかりで……本当にごめんなさい。心配させてごめんなさい……っ!」
いつになくきついほたるの抱擁に、秀吉は目を白黒させて固まってしまった。しかしこんな風にほたるの方から積極的に抱きついてくれるなど、今後どれだけあるかわからない。だからいまは黙って、彼女の成すがままに任せることにしてわざとらしく拗ねたような声を漏らした。
「……まったくだぜ。あんな思いをするのは二度と御免こうむりたいね。あんたに看取られて、あんたの腕の中で大往生するってのが、オレの夢なんだからよ」
耳元でささやく秀吉の言葉に、ほたるはくすぐったげに首をすくめた。そして秀吉の背から腕を離すと、名残惜しげな表情を浮かべる夫に軽く眉をひそめてみせた。
「そんな……ずるいです。秀吉殿は、私を残していくつもりなのですか?」
すると秀吉も口を尖らせ、ほたるの首筋に指を沿わせながら声を発した。
「仕方ねぇだろ、今度のことで身に染みてわかったんだから。ほたるが先に死んじまったら、オレぁ生きちゃいられねぇってな」
「え……」
くすぐったげに首をすくめるほたるの肩を掴んで秀吉は、ほたるの白い首筋に指の代わりに唇を寄せた。
「や……っ……んっ」
「本当は一緒に逝きたいくらいだが、いくらなんでも努力でどうにかなるもんじゃないだろ? だからオレが先……あんたのいないこの世になんざ、これっぽっちも未練はねぇし」
恥じらいとくすぐったさに身をよじるほたるの首と肩に何度も唇を落とした秀吉は、そのままほたるの身体を床の上に横たえた。そうして互いの存在を慈しむように唇を重ね合いながら、秀吉はほたるの左腿に躊躇うように手を伸ばした。
夜着の裾をそっとめくると、ほたるの白い肌よりも更に白い布が彼女の足に巻かれていた。秀吉がそれを悔しげな表情で見ていることに気づいたほたるは、慌ててそれを隠そうと身体を捻ったが、秀吉はそれを押しとどめてほたるの唇をちゅっと吸った。
「隠さんでくれ……あんたの傷はオレの罪だ。オレはそれをしっかりこの目に焼き付けて、前に進んでいかなきゃならねぇんだから」
「秀吉殿……」
ほたるの手を持ち上げた秀吉はそれを自分の頬に当てると、彼女を見つめて微笑んだ。
「オレはもう逃げねぇよ。人が人を裁く罪深さも、裁かれた人間が持ってた業も、すべて背負って生きていく。そうしてあんたや他の奴ら……みんなが笑って暮らせる世を作ってみせる。それこそが、オレの夢だから」
そう言って笑んだ秀吉の瞳は、いつにもまして温かく輝いていた。ほたるは眩しげに目を細めて小さくうなずくと、秀吉の首に腕を廻してぎゅうっと抱きしめた。
「ひとりで背負うなんて言わないで。私にもあなたの重荷を分けてください……私はあなたの妻、なんですから」
「やれやれ……そう可愛いこと言わねぇでくれや。病み上がりだから、この辺で勘弁してやろうと思ってんのに」
「え……そ、そうだったのですか。私、てっきり……」
大きく目を見開いて言ったほたるだったが、秀吉が唖然とした後で目を光らせたのに気づくと、慌てて自分の口を押さえて顔を背けてた。その様子に秀吉は口元に笑みを浮かべると、ほたるの赤くなった頬に音を立てて吸い付いたかと思うと、細くくびれた腰を夜着の上からするりと撫で上げた。
「きゃあっ!」
「まぁ、せっかくの奥方様のお誘いとあっちゃ、お断りするわけにゃあいかねぇよな?」
「え? ち、ちょっと待って! 秀吉殿、あのっ、そ、そういうことではなくて……っ!」
「大丈夫、心配すんなって。傷が開かねぇように慎重にするからさ。いつも以上に優しく、やさーしくすっから!」
ほたるの制止を無視し、嬉々として彼女の帯を解き始めた夫を見つめ、やがてほたるは諦めたように肩を落とした。
「もうっ……好きにしてください」
「おう。そんじゃお言葉に甘えて、いただきますっ!」