「大地先輩、ハルくん!」
呼ばれて振り返った水嶋悠人と、お守りを袋に詰めながら顔を上げた榊大地は、笑顔で小走りに近づいてくるかなでの姿に同時に笑みを浮かべた。
「やぁ、ひなちゃん」
「小日向先輩、来てくれたんですか?」
「うん。お仕事、忙しい?」
かなでが問うと、悠人は小さく首を振って微笑んだ。
「いいえ。ちょうど一段落したので、休憩しようと思っていたところです」
そんな悠人の言葉に、笑みを深くしたのは大地だ。客の姿がなくなったところを見計らって肩を廻すと、かなでを見ながら眉をひそめた。
「やれやれ、やっと休ませてくれるのか。ハルは人使いが荒くてね。もう大変だったんだよ」
「榊先輩は余計なリップサービスをするから疲れるんです。しかも女性限定で」
苦々しげに眉をひそめてため息をつく悠人の横で、大地は悪びれた風もなく肩をすくめている。
「いやだな。お守りの効果を事細かに教えてあげていただけだろう。むしろ売り上げ促進の功績を褒めて欲しいくらいだ」
「お守りは神聖なものなんですよっ! 榊先輩のようなやり方をしていたら、今に天罰が下りますからねっ!」
怒鳴って大地を見上げた悠人だったが、怒られた方は気にした様子もなく面白そうに笑っているだけなので、かなでに向き直った彼は諦めのため息をついた。
「まったく。榊先輩といい新といい、神仏をなんだと思っているんだか。ところで……先輩、今日はお一人で来たんですか?」
悠人に問われて、かなでは小さく首を振った。
「ううん。火積くんと一緒なの」
かなでのさらっとした答えに、大地と悠人は同時に固まった。そして改めて彼女の背後を伺ってから、そこに件の男の姿がないことに安堵してほっと息をついた。
「で、あの……火積、さんは?」
「ちょっと水を飲んで気分を落ち着かせてくるって。今日ってほら、昼間けっこう暑かったでしょ? だからかなぁ……寮を出るときから火積くん、ずっと顔が真っ赤だったの」
心配そうに眉をひそめるかなでを見る大地と悠人は、実に対照的な反応を見せた。口元に笑みを浮かべて「ふーん……」と意味深に漏らしたのは大地で、悠人は「そうですか。けど、もう日も落ちて涼しくなってますから、そんなに暑くはないと思うんですが……」と考え込むように眉間にしわを寄せた。
「もしかしたら夏風邪かもしれないですね」と悠人が続けると、かなでは何か思い当たったらしく、はっとしたように目を見張った。
「あ……だから、私にうつさないようにしてくれてたのかも」
「え? どういうことです?」
「火積くん、ここに来る間、ずっと向こうを向いたままだったの。全然私を見てくれないし、話しかけてもそっぽを向いたままだから、どうしたんだろうって思ってたんだよね。私がお祭りに行きたいって言ったから、無理して付いてきてくれたんだとしたら……どうしよう」
心底困ったようにかなでが眉尻を下げると、それまで後輩二人のやりとりをにやにやしながら聞いていた大地が、堪りかねたようにぷっと吹きだしたかと思うと、身体を丸めて笑いだした。
「なっ! 榊先輩! 何がおかしいんですかっ? 火積さんが風邪を引いたからって、笑うなんてあんまりですよっ!」
「大地先輩……ひどい」
かなでに泣き出しそうな表情で睨まれてようやく、大地は笑うのを抑えると彼女の頭を軽くなでた。
「ごめん、ひなちゃん。けど、彼を笑うつもりなんてこれっぽっちもないよ。ただ……火積が気の毒だなぁと思ってね」
悠人が険しい表情で大地を睨むと、彼はまた小さく笑い、かなでの頭から手を外して肩に乗せると悠人の方へ向き直らせた。
「仕方ないなぁ。それじゃあ……ハル、今日のひなちゃんを見てどう思う?」
突然の質問に、悠人は怪訝そうに眉をひそめた。だがすぐに小さく肩をすくめてから、改めてかなでをまじまじと見つめて微笑んだ。
「紺地に小花模様の浴衣ですね。小柄な先輩によく似合うと思います」
満足げにうなずいた大地は、続けて「それと……可愛いって思うだろ?」と言ってまた悠人を見たので、問われた悠人は「……えっ?」と小さくつぶやいて絶句した。だがすぐに、照れ臭そうに頬をほんのり染めつつ小さくうなずいた。
「は……はい。いつもとはその……雰囲気が違うというのもあるけど……か、可愛いと…おも、います」
真正面からそう言われて、かなでも思わず頬を染めてうつむいた。すると大地は、かなでの身体をくるりと廻して自分の方へ向けると、にこっと微笑んだ。