ヴァイオリンアイコン

可愛いね、と言いたい

(3)

「わかったかい? 堅物の代名詞みたいなハルが褒めるくらい、今日の君は可愛いんだよ。夏風邪だなんてとんでもない、火積は照れてまともに君を見られないだけさ。……まったく罪作りだね、ひなちゃんは」

「だっ、大地先輩っ!」

真っ赤になって叫ぶかなでの様子に大地は楽しそうに笑ったが、自身の手元に視線を落としたかと思うと、一瞬考え込むように眉間にしわを寄せてから、かなでの右手をすいっと握った。そして驚くかなでに微笑むと、彼女の小さな手の平に更に小さな守り袋を乗せて、軽くウィンクをしてみせた。

「それでも心配なら……はい、御利益のおすそ分けだよ」

言われてかなでが視線を落とすと、彼女の手の中には「恋愛成就」と赤い糸で刺繍された淡い桃色のお守りがあった。かなでが顔を上げて大地を見上げると、彼は口元に笑みを浮かべた。そして視線をかなでの背後に向けたので振り返ると、数歩離れたところに火積の姿があった。

「火積くん…」

つぶやいたかなでは、ちらっと大地を見上げた。そして彼が微かにうなずくのを確認するとぺこりと頭を下げ、悠人へ微笑みかけてから小走りに火積に駆け寄った。

「……もう、いいのか?」

ちらっと大地と悠人に目をやってからかなでを見おろした火積が問うと、かなでは微笑んで小さくうなずいた。

「うん。待たせてごめんね」

「いや……」

そのまま並んで歩き出した二人の背を悠人は微笑ましげに見送ったのだが、急に隣から大地が身を乗り出したのに驚いて、びくりと肩を震わせた。

「ひなちゃん!」

呼ばれて振り返ったかなでに対し、大地はちらっと火積に視線を送ってからゆっくりと口を開いた。

「浴衣姿、すごく可愛いよ。だから今度は、俺に独り占めさせてほしいな」

真っ赤になったかなでの様子に大地は笑い声を上げると、彼女の隣で自分を刺すように睨む火積には挑戦的に目を細めてみせた。そうしてきびすを返して歩き出した大地だったが、しばらくして、呆れたような悠人の声が後ろから追いかけてきた。

「――火積さん、とても怖い顔してましたよ。ほんと榊先輩って、憎まれ役が似合いますね」

「ま、仕方ないさ。いい男っていうのは往々にして憎まれるものだから」

言ってやれやれと肩をすくめながらも余裕の表情を浮かべていた大地だが、次に悠人の口から飛び出した言葉に、わずかに顔を引きつらせた。

「それはそうと……小日向先輩に渡したお守りの代金、榊先輩のバイト代からいただきますからそのつもりで」

「真面目だなぁ、ハルは」

 

「――楽しかったぁ。たこ焼きとか焼きそばとかりんご飴とか、いっぱい食べちゃったね」

「……食いもんばっかだな」

「あ……で、でも、それだけじゃないもん。火積くんの話、伊織くんから聞けたし」

なんと答えていいのかわからず火積が思わず口をつぐむと、かなでははっとしたように顔を上げた。

「ご……ごめんなさい」

「いや……」

何となく気まずくて火積が視線を逸らすと、手の平にかなでの小さな手がするりと滑り込んできた。驚いて彼女を見おろすと、かなではうつむいたまま火積の手をきゅうと握りしめた。

「すごく楽しかったのは本当だよ……火積くんと一緒だったから」

「……そ、そうか」

そうして、しばらく二人は無言で菩提樹寮への道を歩いていたが、やがて火積は小さく息を飲むとぽつりとひと言漏らした。

「小日向……」

「なぁに?」

かなでが瞬きをして顔を上げると、火積は消え入りそうな声で「……いいんじゃ、ねぇか」とつぶやき、彼女の手を強く握り返して足を速めた。

「……そのカッコ……その……に、似合ってる」

火積の赤い横顔を見上げたかなでは、やがてふわりと笑うと、帯の中にいれたお守りを空いている手でそっと押さえた。

おわり