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Time Limit

(7)

どんどん重くなってくる身体と、ぼおっとする意識を感じながら、どうにか足を運んでいたかなでだったが、もはや火積の声すら遠くから聞こえて来るような気がして、彼がなにか言う度に「え? なに?」と問い直していた。 それが三度目になった途端、さすがにおかしいと気づいた火積は足を止め、かなでをじっと見おろした。

「小日向……どっか具合悪いんじゃねぇか?」

ぎくりと身体を震わせたかなでだったが、すぐに火積を見上げて笑みを浮かべてみせた。

「ううん、そんなことないよ。どうして?」

「店出てから、足下がなんかおぼつかねぇ。それに、話もまともに聞いてねぇし」

「……ごめんなさい」

指摘されると言い訳も出来ず、かなでは眉をひそめるとうな垂れた。そんなかなでを見つめた火積は、やがて小さくため息をついた。

「まぁ、俺と話しててもつまらねぇってってんなら…」

「そっ、そんなことないっ!」

見当違いの誤解をされたことに驚いたかなでは、思わず顔を上げて火積に詰め寄ったが、その途端目の前がさっと赤く染まった。

突然目の前で傾いだかなでの身体を咄嗟に受け止めた火積は、慌てて彼女の顔を覗き込んだ。そして赤い顔をしているかなでの様子に驚くと、その頬に恐る恐る触れた。

手の平に感じたのは想像以上の熱さで、火積はびくりと身体を震わせると「熱があるじゃねぇか!」と叫んで素早く彼女に背を向けてしゃがんだ。

「小日向、おぶされ」

「え……だ、大丈夫……だ、よ」

赤い顔をしたままのかなでは、どうにか姿勢を保ちながら困惑気味に首を振ったが、肩越しに振り返った火積はいつになく怖い表情を浮かべていた。

「くだらねぇ遠慮してる場合じゃねぇだろうが!」

初めて聞く火積の怒鳴り声と怖い表情に、かなでは身体を震わせた。そして諦めたように火積の背にもたれかかると、申し訳なさそうに両肩にそっと手を乗せたところで、また火積が小さいが低い声を発した。

「しっかり掴まってろよ」

「う…うん」

小さくうなずいたかなでは、おずおずと腕を伸ばして火積の首に廻し、ぎゅっと彼にしがみついた。そこで火積はゆっくり立ち上がると、そのまま足早に歩き出した。

「少し急ぐが、気分が悪くなったらすぐ言うんだぞ」

「……うん」

うなずいて息を吐きだすかなでの体温の高さを背中に感じ、火積は小さく舌打ちをすると足を速めた。

「ごめんね……」

「謝んな」

ひと言呟いたきりまた無言になった火積は、後はただひたすら早足で歩き続けた。そうして懐かしさを感じる古びた菩提樹寮の門扉が視界に入った途端、ほっと安堵の息を漏らした。