結局二人は、さんざん歩き回った挙げ句、通りすがったファーストフード店に入った。横浜といえば中華料理だろうし、実際そういう話もしたのだが、目的もなく歩き回っているうちに、忘れかけていた身体の不調が戻ってきたかなでが「疲れたから」と誤摩化して、目に入った店を指差したのだった。
そうしてようやく休めることに安堵したかなでだったが、さすがに食欲はなかったので、飲み物とサラダだけ注文した。が、途端に火積に怪訝そうな表情をされてしまい、慌ててぎこちない笑みを浮かべて言い訳を考えながら口を開いた。
「あ、あのね。ええと……ダ、ダイエットしてるんだ」
すると火積はなおさら眉をひそめ、かなでをまじまじと見つめた。
「んなもん、する必要ねぇだろ」
「あ、あるよ」
「ねぇよ。むしろ、もっと食ったほうがいいくらいだ」
言うと火積は、自分のトレイの上にある二つ買ったハンバーガーのひとつを、かなでのトレイの上に乗せた。
「くだらねぇことしねぇで、ちゃんと食っとけ」
そうしてアイスコーヒーにストローを差して中身を啜る火積を、かなではしばらく見つめた。そして今度は乗せられたハンバーガーを恨めしそうに睨むと、それをむんずと掴み、火積のトレイの上に戻した。
「おい」
「火積くん、ひとつじゃ足りないでしょ」
「んなもん、追加すりゃいいだけだ。いいから食え」
「やだっ。ダイエットしてるのっ!」
「必要ねぇって言ってんだろ」
「必要だもん!」
「いい加減にしろ。んなもん、する必要ねぇ」
更に声を低くした火積はぴしゃりと言うと、もうこの話は終わりだとばかりに眉をひそめ、アイスコーヒーを手にしてストローを口にくわえた。そんな火積を、かなでは口をへの字に曲げて見つつ、両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「だって……火積くんには見えてないとこ、すごく太っちゃったんだから」
かなでの叫びに、火積は吸い込んだコーヒーを吹き出しそうになった。それを堪えたため気管に入ってしまった液体に咽せて咳き込み始めた火積に、かなでは驚いて思わず身を乗り出した。だが、それが自分の発言の所為だと気がついた途端、かあっと首から上を赤く染め、椅子に座り直して身体を小さくしてしまった。
「……ごっ、ごめんっ」
ようやく咳は治まったものの、かなでの顔を見るのが気恥ずかしくて、火積は赤くなった顔を少し逸らしながら頬を掻いた。そして二度咳払いをすると、ちらっとかなでを盗み見るようにしてから、またハンバーガーを彼女のトレイの上に戻した。
「無理に全部食えとは言わねぇが……少しでもハラに入れとけ。じゃねぇと、あんたが身体壊すんじゃねぇかって、俺が落ち着かねぇんだよ」
「火積くん…」
そこまで言われたら、これ以上拒絶することはできない。半分でも口にすればひとまず納得してくれるだろうと腹をくくると、かなでは小さくうなずいた。
「ごめんなさい。少し、食べる」
「ああ…そうしろ」
火積は安堵したように小さく息を吐くと、改めてコーヒーを飲んだ。そうしてかなでが包み紙を解いて中のハンバーガーの端を口に入れるのを確認すると、またほっと息をついて、もうひとつの包みを手に取った。
結局、かなでは渡されたハンバーガーを半分も食べられなかったが、久しぶりに向かい合って火積と話せた嬉しさと興奮で、気持ち的には十分満たされた。だから自分が微熱状態だということを、呆れたことにまたすっかり忘れてしまっていた。 しばらくして、店内が騒がしくなったのを感じた火積はかなでに「そろそろ出よう」と声をかけた。
「どっか、行きたいとこあるか?」
店に入る前と同じことを尋ねる火積に、かなではくすりと笑いながら答えた。
「火積くんってば、さっきと同じこと言ってる。火積くんの行きたいとこでいいってば」
「じゃないと、また決まらないよ」と続けてくすくすと笑うと、火積は困ったように眉をひそめた。そうして一瞬考えた後、かなでに視線を戻して口を開いた。
「なら…海でも見に行くか?」
「うん」
にこりと笑って立ち上がったかなでだったが、その途端に立ちくらみを起こし、テーブルに手をついた。すると火積が怪訝そうに首を傾げ、かなでの腕に手を伸ばした。
「小日向?」
「あ、ごめん。ちょっと…足がもつれちゃって」
慌ててテーブルから手を離すと、火積を見上げて笑顔を浮かべた。そして彼の手をそっと外すと「大丈夫、ありがとう」と呟いて、ゆっくりと歩き出した。
『……ちょっと熱、上がってきたみたい。でも…まだ大丈夫だよ、ね』
胸の内で独りごちながら、火積を振り返ってにこりと笑った。
「火積くん、早く。時間がもったいないよ」