恥ずかしいやら照れ臭いやらで、火積とかなでが揃って顔を赤らめていると、やがて狩野がすたすたと前に歩み寄り、不貞腐れている新の襟首を背伸びしてくいっと掴んだ。
「わわっ! 狩野先輩なにすんですかっ!?」
「ばーか。なに惚けてんだよ。ほら、行くぞ」
「わっわわわっ!」
背を思いきりのけ反らせる新を引きずるようにして歩き出す狩野と、ぺこりと頭を下げる伊織を怪訝そうな表情を浮かべながら見比べた火積とかなでは、「それじゃ、僕らはこれで」と言ってこちらに背を向けようとした八木沢を同時に呼び止めた。
「ぶ、部長っ!?」
「や、八木沢さん!?」
すると八木沢は振り返り、不安げに自分を見つめる火積とかなで見てから、ゆったりと微笑んだ。
「実は小日向さんにお会いしたら、帰りの新幹線までは自由行動にしたのですよ。それで僕らはこれから、水嶋の幼なじみのお店で昼食をとることにしてるんです」
「八木沢、部長?」
火積が一歩前に身を乗り出すと、八木沢は笑顔で彼の動きを制し、かなでを振り返った。
「小日向さん、お会いできて嬉しかったです。それでは、火積のことよろしくお願いしますね」
「え? あ、は、はい! こっ、こちらこそっ!」
八木沢につられて頭を下げるかなでの隣で、まだ困惑している火積の背中を、今度は伊織が軽く叩いた。
「火積くん。ボクたちはここで別れるから……それじゃあ小日向さん、また」
「い…伊織?」
「じゃあな、火積。お前が小日向さんを呼び出したんだから、ちゃんとお相手してあげろよなー」
「お、おい!? 俺は自由行動なんて聞いてな…」
「はっはっは。そりゃそうだろ、お前には言ってないし」
新を引きずったまま狩野は笑うと、ひらひらと左手を振ってみせた。その隣で伊織も微笑むと、ようやく体勢を立て直して「えーっ!? オレ、もうちょっとかなでちゃんと話したいぃ!」と騒ぐ新の腕をぐっと巻き込むように掴んだ。
「ダメだよ、新くん。君がいないと、お店の行きかたがわからないんだから」
「うーっ、いつの間にか伊織先輩まで敵に回ってるなんて……ああっ、かなでちゃーん!」
助けを求めるように腕を伸ばされたが、かなではただ引きつった笑みを浮かべながら軽く手を振るしかなかった。
「あ、えっと……後で、駅にお見送りに行くから」
「え、ほんと!」
「うん。約束」
「それなら、今は我慢する。けどいいですか、火積先輩。オレらがいないからって、かなでちゃんに迷惑かけちゃダメですからね」
「な……てめぇが言うなっ!」
「じゃ、かなでちゃん。Ate logo! また後でねーっ!」
「うん。じゃあね、新くん」
狩野と伊織に両脇から引きずられつつ、満面の笑みを浮かべて手を振る新の姿が小さくなったところで、かなでは振っていた手を下ろすと、ちらっと隣の火積を見上げた。
「火積くん。自由行動のこと、聞いてなかったの?」
「ああ…初耳だ」
言いながら頭を掻いた火積は、小さく息を吐いた。
「ったく……他の奴はともかく、部長も人が悪いぜ」
ぼやいてから改めて視線をかなでに向け、困ったように微笑んだ火積は、やがて口を開いた。
「と、とりあえず、こんなとこで突っ立ってんのもなんだし……どっか、メシでも食いに行くか? その…せっかく部長たちが気を使ってくれたんだし、よ」
「うん、行きたいっ!」
思いがけず二人になれたのが嬉しくて、かなでは勢いよくうなずいたのだが、途端に恥ずかしくなって顔を赤らめた。すると火積は驚いたように目を大きくしたが、すぐに微笑むと、かなでの手を取って歩き出した。
「なんか、食いたいモンあるか?」
いきなり手を取られて、かなではぴくりと指先を震わせた。だがすぐに嬉しそうな微笑みを浮かべると、火積の顔を見上げた。
「えっとね……火積くんの好きなものでいいよ」
「俺は…なんでもいい。あんたが行きたいとこでかまわねぇ」
「私はいいの。今日は火積くんがお客様なんだから、火積くんの行きたいところに行こうって、決めてきたんだから」
「俺も同じだ。無理言って時間作ってもらったんだからよ、あんたの意見を尊重するって決めてきた」
「……もう。これじゃ、いつまで経っても決まらないじゃない」
「くっ……そう、だな」
お互い、相手の意思を尊重してしまうところはよく似ている。暑かった夏の日、今と同じように二人で出かけた事が数回あったのだが、その時も「どこかに寄り道しよう」と決めたものの、こうしてお互いに譲り合って、気がついたら寮の前に着いてしまった、ということがあった。
まだあれからわずかしか経っていないのに、そんな些細な出来事が妙に懐かしくて、火積は目を細めた。すると彼の横顔をちらと見たかなでが、やがてくすりと笑った。
「? どうした?」
「火積くんとこうして話すの、久しぶりで嬉しいなって思ったの」
「そ、そうか」
「うん。それから、手を繋ぐのも」
「……そういうこと、改めて言わねぇでくれ」
眉をひそめ、ほんのり赤く染まった頬を指で掻く火積の横顔を、こうして見上げるのも久しぶりだ。 それもまた嬉しいと、かなでは胸の内でだけそっとつぶやいて、火積の大きな手をきゅうっと握り返した。