それからの一週間がどう過ぎていったのか、正直なところかなではよく覚えていない。
いつもと同じように学校へ行き、授業を終えて部活に参加してから寮へ帰る。夕飯を済ませてテレビを見たり、風呂に入ったり、宿題を終えて仁亜と寝るまでおしゃべりをし(仁亜が予想した通り、火積からの電話の翌日には、かなではアイスのことはすっかり忘れていたというのは余談だ)一日が終わる。
それを文字通り繰り返しただけで、かなでの心は日曜日をどう過ごそうかという思いでいっぱいだった。
待ち合わせは昼前だから、まずはランチをとって、それから何処へ行こうか。 一緒に買い物というのも憧れるが、騒がしいところがあまり得意でなさそうな彼だから、公園をのんびり散歩するというのがいいだろうか。
それとも、今ちょっとしたブームになっている軍艦ツアーなんかどうだろう。そうすると早めに行ってチケットを取らなければならないから、ランチを少し軽めにして、船を降りてからゆっくりお茶するのもいい。
買い込んだ横浜のガイドブックを眺めつつ計画を立てていたかなでは、そんなわけでここ数日、ずっと夜更かしをしていた。それが悪かったのだろうか。普段から少しぼおっとしたところのあるかなでは、自分の体調の微妙な変化に気がつかなかった。
そうして待ちに待った日曜日、興奮のためかあまり眠れずに朝早くから起きだしたかなでは、洗面所の鏡を見て驚いた。真っ赤な頬をしてだるそうな自分が、やや充血して潤んだ瞳でこちらを見つめ返していたからだ。恐る恐る額に手を当てると、心なしか熱い気がする。
「まさか……熱、あるとか?」
そういえば、昨日の昼過ぎからやけに背中や腰が痛かった。それでも一週間の疲れが出たのかなぁ程度に軽く考えていたし、幸い土曜日で授業も午前中だけだったから少し休めば回復するだろうと、医者にも行かずに過ごしてしまった。
しばらくしてため息をついたかなでは、鏡の中の酷い顔をにらんだ。そして蛇口から水を流すと、いつもよりも勢いよく水飛沫を上げながら顔を洗った。 タオルで水を拭き取ると、また鏡の中を見つめる。顔の赤みはまだ少し残っているが、とろんとした目は少し回復したように見えた。
「……うん、大丈夫!」
小さく呟いたかなでは、くるりときびすを返して歩き出した。 「これくらいの熱、朝ご飯をしっかり食べれば直るもんねっ!」と自分に言いきかせながら。
星奏大学の正門前で、火積はちらっと左腕の時計に目を落とした。かなでとの待ち合わせ時間には、あと7分ほどある。小さくため息をついたところで、背後から彼の腕の時計を覗き込んで来た後輩の気配に眉をひそめ、すいっと身体をかわした。
「もう火積先輩ってば、急に動かないでくださいよぉ」
「てめぇこそ、でけぇ図体して懐いてくんな」
「いやだなぁ、先輩に懐くわけないでしょ。かなでちゃんにだったら抱きつくけど」
しゃあしゃあと言う新を振り返った火積は、さらに目を細めて後輩を睨んだ。
「なら小日向が来ても、動けねぇようにしてやる」
火積の本気の殺気を感じた新は、口元を引きつらせたかと思うと、数歩後ろに下がって何度も首を振った。
「や、やだなぁもう。火積先輩ってば、かなでちゃんのことになると冗談が通じないんだから!」
たとえ冗談でも、自分の彼女に抱きつきますと宣言する男を前にしてへらへらしている奴がいるわけないだろう、と言外に目で告げてから、火積は引きつった笑みを浮かべる新から視線を外し、待ち人が来るであろう道に目を向けた。するとそれまで狩野と話していた八木沢が、火積と新の方へ歩み寄って口を開いた。
「火積。待ち合わせ時間、もうすぐだよね?」
「はい。もう来ると思うんですが……あ」
八木沢に向き直った火積は小さくうなずき、それからちらっと背後に目を向けたところで、待ちかねた姿を遠くに見つけて背筋を伸ばした。 その視線の先を追った新は、小走りにこちらに近づいてくるかなでを見つけると、火積の前に立ちはだかるように身を乗り出して、彼が「おい、水嶋!」と怒鳴るのを無視したまま満面の笑みを浮かべた。
「かっなでちゃん、Bom dia! ひっさしぶりー!」
両手を頭の上で振る新の姿を目にしたかなでは、遠慮がちに右手を上げると小さく振って彼に答えた。
「新くん、久しぶり。元気そうだね」
言いながら近づいて来たかなでに駆け寄った新は、彼女の両手を素早く握ると楽しそうに上下にぶんぶんと動かした。
「もー元気、元気。っていうか、かなでちゃんに会えたから元気でた!って感じ♪」
満面の笑みを浮かべて言った新は、そのままの勢いでかなでに抱きつこうとしたが、それをすでに察知していた火積の拳で思いきり頭を叩かれてうずくまった。
それでもなお、かなでの両手をしっかりと握ったままなのは、むしろ感心するべきかもしれないが、火積は眉をひくりと引きつらせると、新の腕をがしっと掴んでかなでの手から引き剥がし、彼女の身体を守るように自分の背に移動させた。
「水嶋、てめぇっ!」
「……うーっ。火積先輩、横暴ですよぅ! オレだってかなでちゃんに会うの久しぶりなんだから、これくらい大目に見てくれてもいいのにぃーっ!」
「見れるかっ!」
思わず怒鳴る火積と新を交互に見比べていたかなでは、ふと気配に気がついて後ろを振り返った。そして笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。