「火積くん…」
身体を曲げて膝に両手を付いてぜいぜいと激しい呼吸を繰り返す火積を、かなでは心配そうに見つめた。やがて少しずつ息を整えた火積はゆっくり顔を上げ、かなでを見ながら安堵したように息を吐いた。
「車……だったんだな。あの野郎……計り、やがった」
「え?」
「いや……こっちの話だ」
自嘲するように笑ってまた頭を下げる火積を見つめ、かなでは恐る恐る彼の背に手を伸ばすと、そっと労るように撫でた。
「……大丈夫?」
ぴくり、と火積は一瞬身体を固くしたが、しばらく彼女のするがままに任せていた。だが、しばらくすると彼の右の二の腕に添えられていたかなでの手に左手でそっと触れると、そこから離そうとした。
「もう……大丈夫だ。だから……離して、くれ」
だがかなでは驚くほど大きく首を振ると、逆に彼の左の手に指を滑り込ませて、自分よりも一回り以上大きな手をぎゅっと握りしめた。
「こっ……ひなたっ!?」
火積が驚いて声を上げたが、かなでは臆した様子もなく火積の左手を掴んだまま、まるでタックルをかけるように彼に抱きついた。
「おっ、おいっ!」
胸元にしがみつかれ、火積の体温はまた一気に上昇した。今が夜でなかったら、瞬時に熱中症を起こして倒れたかもしれない。繋いだ手と絡めた指先がじわじわと熱くなって汗をかき始めたが、かなではかまわずに更に力を込めて彼の手を握りしめた。
「火積くん…火積くん……ほ、づみくん…っ!」
三日ぶりに聞いたかなでの声と、近すぎるほど近くにある柔らかなぬくもりに、火積は感極まって思わず唇を噛み締めた。すると、今日何度も噛み締めた所為で出来た傷に触れ、その痛みにびくりと身体を震わせた。
「火積くん……?」
ゆっくりと顔を上げたかなでは、改めて火積の顔を見上げた。そして彼の唇が切れて血が滲んでいるのを見つけ、驚いて目を見開いた。
「火積くん! 唇、怪我してる!」
「あ……だ、大丈夫だ。んなの、たいしたこと……」
「ねぇ」と続けようとした火積の唇に、かなではそっと手を伸ばして指で触れると、驚いて固まってしまった彼を労るような目で見つめた。
「でも、こんなに腫れてる……痛くないはずないよ」
「……っつっ!」
火積が眉をひそめて声を漏らすと、かなではびくりと身体を震わせて指を離した。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、そうじゃねぇ。……謝んなきゃならねぇのは、俺の方だ」
「え?」
かなでが火積を見つめ返すと、彼は照れくさそうに視線を逸らした。しかしかなでと繋いだ左手の指にだけは力を込め、彼女の小さな手を包むように握りしめた。
「俺は……あんたの側にいちゃいけないんだ。あんたの夢を壊しちまうかもしれねぇ、から」
「そんなっ!」
かなでは思わず叫んだが、背中に回された火積の右手にぐっと抱き寄せられて思わず息を飲んだ。火積は抱き寄せたかなでの頭にそっと頬を寄せ、顔を赤くしたまま言葉を続けた。
「悪い……ちゃんと話すから、終いまでこっち見ないでくれ。あんたの顔見ちまうと、なんにも言えなくなっちまいそう……だからよ」
しばらくおとなしかったかなでが、腕の中でこくりとうなずいた。そこで火積はほっとしたように息を吐くと、また繋いだ手に力を込めた。 するとかなでも同じように握り返してくれたので、火積はそのぬくもりに目を細めた。
「俺が……至誠館の皆にしたこと知ってるよな。部長たちの夢を潰して、壊して……だからあんたの側にいると、またやっちまうんじゃないかと思った。あんたの夢や未来を俺が……台無しにするんじゃねぇかって。だから離れようと思った。これ以上あんたを……好きに、なっちまう前に」
「……」
「けど、これ以上どころか、俺はとっくにあんたのこと好きになっちまってて……他の奴といるのがあんたにとって良いことだって、わかってたはずなのに……東金とあんたが一緒にいるのを見たら、俺は……っ」
ぎゅっと抱きしめられて息苦しかったけれど、かなでは嬉しくて幸せで、いまにも泣いてしまいそうだった。
嫌われてしまったと思っていた。もう構うなと言われた時、訳が分からず、辛くて苦しくてこのまま消えてしまいたいとすら思った。
それでもこれ以上嫌われたくないから、どんなに話したくても、側にいたくても我慢して、ただ姿を見れるだけでいいのだと自分に言い聞かせ、何故なのかと問うこともしなかった。
だがそれが、火積が自分を想っているが故の言動だったのだとわかって、かなではこみ上げてくる涙を必死でこらえながら火積にぎゅっとしがみついた。