「俺は、あんたが想ってくれるような人間じゃねぇ……きっと、あんたの側にいないほうがいいんだ」
苦しげに呟く火積に抱きしめられたまま、かなでは何度も首を振った。
「あんたを大事にしたい、守りたいって思いながら……あんたに触れたいって思ってた。それ以上のことも……いつも考えてた」
ぴくりと身体を震わせたかなでの様子に、火積は彼女の身体をそっと離した。そして見上げてくるかなでに、自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。
「最低だな。俺はあんたの側で、あんたが優しくしてくれるのをいいことに……あんたのこと、そんな風に見てたんだ。……軽蔑、しただろう?」
するとかなではまた大きく首を振ったかと思うと、握った火積の手をぐっと引き寄せた。そして微かに傾いだ火積の肩に手を伸ばすと精一杯背伸びして、火積の唇の傷に掠めるようなキスをした。
「こ……っ!」
慌てて口元に手の甲を当てる火積を、かなでは睨むように見上げた。そしてぽろりと一筋涙を零し口を開いた。
「最低だなんて言わないで! 軽蔑なんてするわけないよ! だってっ……私だってそういうこと、考えたことあるものっ!」
「こ、小日向……」
「私だって火積くんと一緒にいる時、いつも今みたいなこと考えてた。それ以上のことだって考えたこともあるよ。だってっ……私、火積くんが好きだもん」
熱が顔中に上がってきて、火積は思わず口元を押さえた。するとかなでも首筋まで赤くして、視線を地面に落とすとぼそぼそっと言葉を続けた。
「私、火積くんが想ってるような良い子じゃない。好きな人に触れたいって思うし、触れて欲しいって……いつだって思ってた。女の子だって、そう思うんだよ」
うつむいたままのかなでをしばらく見おろしていた火積は、なかなか治まらない心臓の高鳴りを鎮めるために、出来るだけ深く息を吐きだした。そして改めてかなでを見つめ、離せずにいた手をそっと持ち上げた。
「小日向。俺は……」
顔を上げるかなでの大きな瞳を、火積はまぶしそうに見つめた。
「まだ……間に合うか? あんたを守りたいって、あんたの側にいたいって……言っても、かまわねぇか?」
かなではまじまじと火積を見返していた。その視線があまりに真っ直ぐで、そして彼女が何も言わないから、火積はだんだん恥ずかしくなってきた。
とうとう耐えきれなくなった火積は、軽く息を飲んでから上体を屈め、かなでの顔を覗き込んだ。すると、まるでそれを待っていたかのように、かなでが火積の手を離したかと思うと、両手を彼の首に回しつま先立ちになって、今度は傷のない箇所に唇を重ねた。
面食らった火積が硬直すると、かなではゆっくり唇を離した。そして改めて彼を見つめ、嬉しそうに笑った。
「私も火積くんが好き。ずっと……側にいて欲しいよ」
「――ねぇ、火積くん」
「……なんだ?」
繋ぎ直した手のぬくもりが嬉しくて、かなでは自然に浮かんでくる笑顔を隠そうともせずに火積を見上げた。
「帰ったら、この前できなかった花火、しない?」
「もう遅ぇだろ。明日じゃ、駄目なのか?」
かなでが隣で笑っているのが心地よくて、火積は口元に笑みが浮かぶのを必死で誤摩化しながら、その代わりとばかりに彼女の手を握る指先に力を込めた。
「うん、明日でもいいんだけど……でも私、もう少しだけ火積くんと一緒にいたい」
小さく呟くかなでの可愛らしい我が侭に、火積はそっと視線を逸らした。そうしてしばらく困ったように頭を掻いてから、火積は彼女の手をくいっと軽く引いた。
驚いて顔を上げるかなでの前で、火積は立ち止まった。そして菩提樹寮へと続く道ではないほうに視線を向けると、そのまま言葉を続けた。
「この先に公園、あったよな。あんま遅いと心配かけちまうが……もう少しくらいなら」
「話せなかった三日間の埋め合わせには……ほど遠いけどよ」と続け、照れたように頬を掻く火積の横顔に、かなでは満面の笑みを浮かべてこくりとうなずいた。