仙台へ向かう夜行バスの中で、火積の機嫌はあまり良くなさそうだった。 もともとが仏頂面で無口だから、あまり感情の起伏はないのだが、さすがに二年近く付き合っている八木沢だから、なんとなくはわかる。
「彼女と、なにかあったのかな……」
小さくつぶやくと、隣の席の狩野が不思議そうにこちらを見つめた。
「なんか言ったか、八木沢?」
「いや、別に」
微かに笑んで答えると、狩野は「あっそ」とつぶやき、それ以上は追求してこなかった。
「それにしても……彼女、もったいないよなぁ」
「なにがだい?」
今度は八木沢が問うと、狩野は背もたれに身体を埋めて胸の前で両腕を組み合わせながら肩をすくめた。
「小日向さんだよ。俺たちの朝メシの支度する為にパーティーを抜け出すなんて、すげーいい子じゃん。おまけに顔も可愛いってのにさ……なんで火積なんだ?」
「別に俺とは言わないけど、もちっとマシな男、他にもいっぱいいるだろ」と続けてぼやきながら盛大にため息をつく狩野の様子にくすっと笑った八木沢は、帰りしなにかなでから手渡された大きな包みを見おろしてまた微笑んだ。
「僕は、彼女の人を見る目は正しいと思うよ。火積はどうしても見た目で損をしてしまうことが多かったけれど、彼女はそんな上辺ではなく、きちんと火積の本質を見抜いたんだからね」
「わーかってるよ、そんなこと」
八木沢の言葉に狩野はまたため息をつくと、ひらひらと右手を顔の前で振ってみせた。
「つまり俺らが二年近くかかって理解したことを、あの子は一ヶ月そこそこでわかっちまったってことだろ。これも、愛の力ってやつ?」
「ははっ。そうかもしれないな」
思わず八木沢が吹き出すと、狩野は肩をすくめてまた両手をくんだ。そして「あーあ。俺も仙台帰ったら、彼女作ろ……んじゃお休み」とつぶやいて、窓の方へ身体を向けてしまった。
「うん、お休み」
八木沢はそう答えてから、後ろの席でひとり窓の外を見つめる火積の横顔をちらっと伺った。
火積は、流れていく高速道路の壁を、じっと見つめていた。
夜間走行に入ったバスは、車内の明かりを落としているし、すでに眠っている客もいる。だから窓のカーテンを全開にするわけにはいかないので、端の方をほんの少しだけめくって、代わり映えのしない景色をただ黙って見つめていた。
食堂での出来事の後、普段着に着替えたかなではキッチンに戻ってきたが、お互いに何となくぎこちない態度になってしまったのは仕方がない。 だが火積がそれをなんとか打開しようと、彼女の手伝いをすると言ったのだが、かなではやはり頑固にそれを拒み、とにかくサロンで待っていてくれの一点張りで、結局負い目のある火積の方が従うしかなかった。
そうして出来上がった弁当の包みを持って菩提樹寮を出て、最寄りのバス停まで並んで歩いたのだが、その道のりも無言だった。 やっと話すようになったのはバスに乗り込んでからだったが、それも「……向こうに着いたらメールする」「うん……私も連絡するね」というやりとりだけだ。
だからバスから降りる時、火積は思い切ってかなでに手を差し出してみた。するとかなでは一瞬目を見張ったが、すぐに彼の手を取ってくれた。 そこで火積はバスを降りた後も、かなでの手を握ったまま歩き出した。その間、かなでが「火積くん……あのっ……」と小さく訴えてきているのはわかっていたが、あえて聞こえない振りをし、集合場所で皆が自分たちに気がついて振り返ったのを見届けてから、ようやく彼女の手を離した。
自分がいなくなった後も、彼女の側にいる連中への牽制のつもりだったのだが、後になって考えるとガキ臭い独占欲を晒しただけのようで、我ながら情けないとため息をついた。
それに、自分はこうして帰ってきてしまうから自己嫌悪するだけですむが、残されたかなでは更に居たたまれないだろうと思うと、彼女に対して申し訳なくて、それこそこのまま引き返して食堂の件も含めて土下座して詫びを入れたい気分だった。
「……馬鹿か、俺は」
数時間前にぼやいたのと同じ言葉をつぶやいてため息をつきながら頭を抱えた火積は、急に隣の席に人の気配を感じてちらりと視線を送った。