「……追いかけてきて、くれたんだ」
しばらく歩いた後、ぽつりと漏れたかなでの言葉に火積は軽くうなずいた。
「そのまんまの格好で出ていったって聞いたからな。ほっとくわけにはいかねぇだろ」
「そっか……あ、コート」
火積の言葉でようやく思いだしたらしい。かなではぴたりと足を止めると火積を見上げ、困ったように眉をひそめた。
「どうしよう。でも……取りに帰ると遅くなっちゃうし」
「たぶん大丈夫だろ。あんたんとこの女記者と、神戸の……髪の長いほう」
「……蓬生さん?」
「ああ、そいつだ。そいつらが訳を知ってるから、帰りに持ってきてくれるんじゃねぇか」
「そっか……なら大丈夫だね」
安心したように微笑んだかなでは、火積の手を改めて握り直してまた歩き出した。そんな彼女の歩幅に合わせ、いつもよりもゆっくり足を動かしながら火積は頭を軽くかいた。
「ほんとは俺が持ってきてやろうと思ったんだが、クローク係がビビっちまってよ。話をしようとしてるだけなのに、震えちまうわ上のモンに連絡しようとするわで埒があかなくてな……」
「……ぷっ!」
火積が眉間にしわを寄せて困惑の表情を浮かべているのに、かなでは彼を見上げて必死で笑いを堪えていた。しかしとうとう我慢の限界を越えたらしく、小さく吹きだしたかと思うと楽しそうに笑いだした。
「……笑い事じゃねぇよ。こちとら必死だったんだぜ」
「ご、ごめん。でも、あははっ。い、一生懸命な火積くん、見たかった、かも!」
「見せモンじゃねぇぞ、俺は」
恨めしげにかなでを軽く睨んだが、彼女はまったく意に介さず火積の隣で幸せそうに笑っている。
こんな彼女の姿を見れるのもあとわずかだと思うと、火積は歯痒さや寂しさが改めてこみ上げてきたが、こればかりはどうしようもない。電話やメールでも話は出来るし、近況だってわかりあえる。だがこうして会って、彼女の表情や仕草を身近に感じるのとは比べ物にならないはずだ。
いっそ仙台から横浜まで新幹線の定期でも買ってしまおうかと一瞬思ったが、それにはまず元手がなければ、である。
『仙台に戻ったら……なんかバイト探すか』
また生活指導の先公にグダグダ言われそうだなと、歩きながら考えていた為に注意力散漫になっていた火積は、不意にかなでに繋いだ手を引っ張られてびくりと身体を震わせた。 だが目指していたはずのバス停まではまだ距離があったので、怪訝そうに眉をひそめてかなでを見ると、彼女はバス停とは違う方の道を指差して火積を見上げている。
「どうした?」
「寮に一番近いスーパーもう閉まっちゃったでしょ。だから、こっちの24時間スーパーに寄って行きたいんだけど」
「今から買い物か?」
火積が問うと、かなではこくりとうなずいた。
「うん。明日じゃ間に合わないの」
先刻と同じことを言うかなでに、火積は小さくため息をついてから「…わかった。付き合う」とひと言呟いて、彼女に従うことにした。 明日では間に合わないと言うのだから、間違いなく火積に関することなのだろうと目星を付けたのだが、彼の言葉を聞いたかなでは案の定、嬉しそうに笑うと火積の手を引くようにして歩き出した。
そうしてしばらく歩いているうちに、やけに辺りの人通りが増えてきたなと火積は感じた。
『ああ…帰りの遅い奴が、店に来んのか』
感心したと同時に、火積ははっとしたようにかなでの手を握る己の手に視線を移して狼狽えた。慌てて大きな身体を屈め、かなでの耳元に顔を寄せた火積は小さな声でささやいた。
「おい……小日向」
ちらっと振り返ったかなでは、予想以上に近いところに火積の顔があったことに驚いたらしい。大きな目を更に見開いて顔を真っ赤に染めた。
「ほ、火積く……」
「なんつうか、この辺りは人通りが多いしよ。その……手を離したほうがいいんじゃねぇかと、思うんだが」
「え……あっ!」
言われてかなでは自分の右手に視線を移し、更に顔を赤らめると慌てて火積の手の平から手を抜き取った。が、自分のその態度があまりに突然だったことに気がついたのか、かなでは火積を見上げると大きく首を振った。
「あ、ごめっ! けど、嫌だったとかじゃなくてっ!」
「いや……俺が離したほうがいいって言ったんだ」
あっという間に遠ざかった彼女の手のぬくもりが惜しくて、火積は困ったように微笑んだ。そしてかなでの頭に手を乗せると、少し乱暴に柔らかい髪をくしゃくしゃとかき回した。
「きゃっ!」
「湿っぽい話は終いだ。何を買いに来たのか知らねぇが、早いとこ済ませちまおうぜ。俺も……あんまのんびりはできねぇから」
照れ隠しの乱暴な手つきの端からぽつりと漏れた言葉に、かなでは小さく肩を震わせた。だがすぐにきゅっと唇を噛みしめて耐えると、上目遣いに火積を見上げて微笑んでみせた。