「小日向!」
後ろから聞こえてきた声に思わず立ち止まって振り返ったかなでは次の瞬間、頭の上に降ってきた上着に驚いて首をすくめた。
「わわっ!」
「んなカッコで夜道を歩くんじゃねぇ。危ねぇだろが」
言ってはぁっと肩で息を吐く気配に、かなでは頭の上の上着をそろそろと落として両手で持つと、改めて火積を上目遣いに見上げた。
「火積くん?」
「……送ってく」
ぼそりと火積が言うと、かなでの目が嬉しそうに輝いた。だが、すぐに「でも……」とつぶやいて目を伏せたので、火積は微かに微笑むと彼女の頭を軽く叩いた。
「あんたを寮に送って、それから皆と合流する。八木沢部長に、ちゃんと話つけてきた」
そう言って照れ隠しなのか、火積はかなでの頭を叩いて視線を逸らした。
「あんたと話したいことが、まだ沢山あるんだ。ほんのちっとしか時間は残ってねぇが、そんでも……少しでもいい。あんたの側にいたいんだよ」
照れ臭そうに頬をかく火積の横顔を見上げたかなでは、やがて目を細めて口元に笑みを浮かべた。そして火積の左手に腕を伸ばすと、両手で包むようにして彼の手を握りしめた。
「こっ、小日向!?」
突然の彼女の行動に驚いた火積は、びくりと肩を震わせ顔を赤らめてかなでをまじまじと見つめた。するとかなでは改めて恥ずかしくなったのか、ほんのり頬を赤らめてうつむいてしまった。しかし握った両手を離そうとはせず、しばらく立ち尽くした後でうつむいたまま小さく声を漏らした。
「手……繋いでもいい?」
「っ!? って、も、もう繋いでるじゃ……」
動揺して裏返り気味な火積の声に、かなではようやく顔を上げた。そしてまだ顔は赤いものの、火積よりはいくらか冷静になったらしく、軽く頬を膨らませて口をとがらせた。
「もうっ違うよっ。手を繋ぐっていうのは……こうでしょ?」
言うとかなでは火積の手の平にするりと右手を滑り込ませ、硬直して広げたままの彼の指に自分の指を絡ませるようにして握った。
「!!」
声にならない呻き声をあげてびくりと身体を震わせる火積を、かなでは黙って見上げた。そして真っ赤になったまま固まっている火積をじっと見つめ、やがて小さくため息を漏らした。
「……ごめん。いやだったら……やめる」
そう言って手を引こうとしたかなでだったが、そんな彼女の動きを止めたのは他ならぬ火積の手の力強さだった。
「べ、別に、いやだなんて……言ってねぇ。ちっとばかり、驚いただけだ」
ぼそりとつぶやき改めて小さな手を握りしめた火積は、照れ臭そうに眉をひそめて視線を逸らした。
「考えてみりゃ……このほうが、あんたを守りやすい。ちょろちょろするのを追っかけるのは、けっこう大変だからよ」
「え?」
かなでが困惑した声をあげると、ようやく火積はかなでのほうへ向き直って小さく笑った。そして彼女の手を引くように、また歩き始めた。
「え、あのっ。火積くん?」
「なんだ?」
「私って……そんなに落ち着きがないかな?」
「ああ。あっちにふらふら、こっちでころころ。まるでクラゲみてぇだ」
「ク、クラゲ? もぉ……ひどいなぁ」
憤慨したように頬を膨らますかなでをちらと見た火積は、口元に軽い笑みを浮かべた。彼の上着を羽織り手を引かれながら付いてくる彼女の姿は、いつも以上に小さくて可愛く見えた。