「八木沢、部長!」
火積のせっぱ詰まったような声に、八木沢は驚いて肩を震わせた。
「どうしたんだい、そんな息を切らせて?」
怪訝そうに眉をひそめる八木沢を改めて見据えると、火積は息が整わぬうちから深く頭を下げた。
「すんません! 自分、ここで失礼させて下さいっ!」
「……は?」
きょとんとした表情で火積の下がった頭を見ていた八木沢だったが、やがて彼が言いたいことがわかったのだろう。困ったような笑みを浮かべながら、視線を出口の方へすっと向けた。
「わかった、行きなさい。ただし、帰りのバスの時間には遅れないように」
「はいっ! 失礼しますっ!」
更に深く頭を下げた火積は、顔を上げて八木沢を一瞬見ると、そのままきびすを返して駆け出した。
後輩の後ろ姿に目を細める八木沢の隣で、響也は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら小さくため息をついた。
「あいつ……まさか送り狼なんかにならねぇだろうな」
「だ、大丈夫ですよ。火積に限ってそんなことありえません!」
八木沢が慌てて響也を見ながら首を振ると、火積から遅れること数分、ようやく会場に戻ってきた土岐がくっくっと咽喉を鳴らして笑った。
「それ、かばっとるようやけど、実際のとこ男としてはえらい不名誉な言われようやで?」
「え……?」
土岐の言葉に八木沢がきょとんとした表情を浮かべると、その表情にくくっと咽喉を鳴らした東金がちらりと土岐を振り返った。
「どこに逃げてたんだ、蓬生? もう少し早く来ていれば面白い余興が見れたぜ」
「それは残念やなぁ。けど、外におっても十分おもろいもん見れたからええわ」
東金の牽制をさらりとかわした土岐は、改めて八木沢に目を向けた。そんな土岐を見返した八木沢は、彼の言葉を思いだして顔を赤らめ首を振った。
「あ、そ、そういうことではなくて! いえ、あのそ、そういうことはしないという意味では確かにあるんですが、別に僕は火積に度胸がないとかいくじがないとか、そういうことを言いたいのではなくてですねっ……」
「ユキ、もう喋らないほうがいいぜ。すでにフォローじゃなくなってるから」
土岐の肩に肘を乗せて笑う東金を恨めしげに見つめ、八木沢は小さくため息をついてから肩を落とした。その様子を楽しげに観察した東金は、同じように笑みを浮かべている土岐にちらっと視線を向けた。
「ま、いざとなれば頃合を見計らって、こいつを寮まで迎えに行かせるさ」
「は? なんなん、それ?」
「仕方がないだろう。免許を持っているのはお前だけなんだから」
「うわ。そないな理由だけで俺が運転手せんといかんの? 堪忍して欲しいわ」
途端に不快げに眉をひそめる土岐だったが、東金は相変わらず微笑んだままだ。
「いいじゃねぇか、他ならぬ小日向のためだ。たまには、人の役に立つってのもいいもんだぜ?」
「阿呆くさ。役に立つどころか、馬に蹴られて怪我するのがオチやろ」
「ふん、お前がおとなしく蹴られてるとは思えないがな」
「そない言うんやったら、千秋が迎えに行ったったらええんちゃう? 小日向ちゃんのためやろ?」
「阿呆、免許ない俺が行ってどないするんや。大体、他の男といちゃつく小日向なんぞ見てもおもろないわ」
「そんなん俺かて同じや」と、明らかに論点のずれた言い合いを始めた東金と土岐を交互に見比べ、やがて八木沢と響也は複雑そうな笑みを浮かべた。