陰陽夢

(26)

「本当にこれでよかったのか?」

オスカーは壁に寄り掛かって腕を組む。彼の隣でワイングラスをゆっくりと回し、その色の僅かな変化を楽しみながらオリヴィエはつぶやいた。

「いいんだよ、これで。私はさ、決めたんだ。あの子の笑顔を守ろうって。アリオスの隣にいる時の彼女の笑顔が一番綺麗なんだ。……だからさ、これが一番いいんだ」

オリヴィエはグラスから目を離さない。その為にオスカーには彼の表情が見えなかった。

「やっぱりお前は大した奴だよ」

オリヴィエはオスカーを振り返り、軽く笑った。

「見損なったり、見直したり……忙しい男だね」

オスカーも微かに唇の端を持ち上げた。

「お前もな、極楽鳥…」

 

「引っ張るなって!俺は遠慮する。おまえだけ行ってこいよっ!」

「えーっ!! パートナーがいないじゃなーい!」

「いるだろ、たくさんっ!」

その答えにアンジェリークはぴたりと立ち止まり、拗ねたようにアリオスを見上げてきた。

「今日で皆さんとお別れなのよ? 想い出くらいつくったっていいじゃない」

「俺はおまえの宇宙へ一緒に行くって言っただろ? 想い出作りたきゃ、それこそ他の奴と踊ってこいよ」

「……アリオスぅ…お願い……」

アンジェリークが泣きそうな顔でじっと見上げるものだから、アリオスは思わず言葉に詰まる。彼は彼女のこの顔が何より苦手だった。切なげに見つめられると、嫌だと言えなくなってしまうのだ。しばらく蛇に睨まれた蛙のように固まっていたが、やがて諦めたようにはぁっと息を吐いて、自分の髪をくしゃっと掻き上げた。

「……行くだけだぞ。いいか、俺は踊らないからな」

「うん、それでもいい。……ありがとう」

アンジェリークはにこりと微笑み、アリオスの手を取ると嬉しそうに再び歩き出す。

「……現金な奴」

アリオスは苦笑するとアンジェリークの手を握り返そうとした……その時。

「…っつ!!」

急にうめき声をあげると、苦しげに胸を抑えてしゃがみ込む。

「アリオス! どうしたんですか?」

二人のやりとりを、顔を赤らめて聞いていたティムカが驚いて声を上げる。

しばらく蹲っていたが、やがて何もなかったようにアリオスはふらりと立ち上がった。

「……大丈夫だ。……治まった」

アンジェリークはその間、青い顔をして震えていた。足ががくがくして震えが止まらない。

『まだ……何かあるの? もう……嫌よ。離れ離れになるのは…絶対にイヤ』

そんな彼女の頭を、アリオスは安心させるように軽く小突いてふっと微笑んだ。

「またそんな顔する、おまえは。大丈夫だって。ちょっと傷が疼いただけなのに大げさだな」

「きず…って?」

アリオスは自分の胸を親指で指しながら、さっと真横に線を描く。

「あいつと遣り合った時にちょっとな。ま、自分でやっちまったようなもんだけど」

「ホントに平気なの? 治療しなくても…」

「かすり傷だって。そんなに気にすんな」

「でも、あなたに何かあったら、私……」

「ったく、心配性だなぁおまえは。わかったよ……じゃあ」

そう言うとアリオスはアンジェリークを抱き寄せて、彼女の耳元へ唇を寄せた。

「後でゆっくり見せてやるよ……。二人っきりになったら、嫌だってくらい、な……」

見る見るうちに真っ赤になって俯くアンジェリークと、すでにどうしていいか分からず硬直したままのティムカとメルに、アリオスはあっけらかんと言い放った。

「ほら、何してんだ? 皆さんお待ちかねなんだろ? 早く行こうぜ」