「本当にこれでよかったのか?」
オスカーは壁に寄り掛かって腕を組む。彼の隣でワイングラスをゆっくりと回し、その色の僅かな変化を楽しみながらオリヴィエはつぶやいた。
「いいんだよ、これで。私はさ、決めたんだ。あの子の笑顔を守ろうって。アリオスの隣にいる時の彼女の笑顔が一番綺麗なんだ。……だからさ、これが一番いいんだ」
オリヴィエはグラスから目を離さない。その為にオスカーには彼の表情が見えなかった。
「やっぱりお前は大した奴だよ」
オリヴィエはオスカーを振り返り、軽く笑った。
「見損なったり、見直したり……忙しい男だね」
オスカーも微かに唇の端を持ち上げた。
「お前もな、極楽鳥…」
「引っ張るなって!俺は遠慮する。おまえだけ行ってこいよっ!」
「えーっ!! パートナーがいないじゃなーい!」
「いるだろ、たくさんっ!」
その答えにアンジェリークはぴたりと立ち止まり、拗ねたようにアリオスを見上げてきた。
「今日で皆さんとお別れなのよ? 想い出くらいつくったっていいじゃない」
「俺はおまえの宇宙へ一緒に行くって言っただろ? 想い出作りたきゃ、それこそ他の奴と踊ってこいよ」
「……アリオスぅ…お願い……」
アンジェリークが泣きそうな顔でじっと見上げるものだから、アリオスは思わず言葉に詰まる。彼は彼女のこの顔が何より苦手だった。切なげに見つめられると、嫌だと言えなくなってしまうのだ。しばらく蛇に睨まれた蛙のように固まっていたが、やがて諦めたようにはぁっと息を吐いて、自分の髪をくしゃっと掻き上げた。
「……行くだけだぞ。いいか、俺は踊らないからな」
「うん、それでもいい。……ありがとう」
アンジェリークはにこりと微笑み、アリオスの手を取ると嬉しそうに再び歩き出す。
「……現金な奴」
アリオスは苦笑するとアンジェリークの手を握り返そうとした……その時。
「…っつ!!」
急にうめき声をあげると、苦しげに胸を抑えてしゃがみ込む。
「アリオス! どうしたんですか?」
二人のやりとりを、顔を赤らめて聞いていたティムカが驚いて声を上げる。
しばらく蹲っていたが、やがて何もなかったようにアリオスはふらりと立ち上がった。
「……大丈夫だ。……治まった」
アンジェリークはその間、青い顔をして震えていた。足ががくがくして震えが止まらない。
『まだ……何かあるの? もう……嫌よ。離れ離れになるのは…絶対にイヤ』
そんな彼女の頭を、アリオスは安心させるように軽く小突いてふっと微笑んだ。
「またそんな顔する、おまえは。大丈夫だって。ちょっと傷が疼いただけなのに大げさだな」
「きず…って?」
アリオスは自分の胸を親指で指しながら、さっと真横に線を描く。
「あいつと遣り合った時にちょっとな。ま、自分でやっちまったようなもんだけど」
「ホントに平気なの? 治療しなくても…」
「かすり傷だって。そんなに気にすんな」
「でも、あなたに何かあったら、私……」
「ったく、心配性だなぁおまえは。わかったよ……じゃあ」
そう言うとアリオスはアンジェリークを抱き寄せて、彼女の耳元へ唇を寄せた。
「後でゆっくり見せてやるよ……。二人っきりになったら、嫌だってくらい、な……」
見る見るうちに真っ赤になって俯くアンジェリークと、すでにどうしていいか分からず硬直したままのティムカとメルに、アリオスはあっけらかんと言い放った。
「ほら、何してんだ? 皆さんお待ちかねなんだろ? 早く行こうぜ」