「気持ちいい…」
アンジェリークは空を見上げた。夜風がそっと頬を撫でていく。
テラスの手すりに寄り掛かって、ガラス扉の中を見る。
皆が談笑していた。その表情は揃って明るかった。
彼らの楽しそうな姿を見て、アンジェリークは改めて実感した。
「終わったのね、本当に…」
そして、黙って遠くを見つめるアリオスに視線を戻した。今夜の彼はいつもとは違い、細身のパンツとゆったりとした白いシャツを身に着けている。
『せっかくのパーティだから。あんたに似合うよ』
オリヴィエが用意した派手な衣装を頑として拒否し、背格好がいちばん近いオスカーの普段着を拝借したのだ。
「何、見てるの?」
アンジェリークは、アリオスの肩に頭を預けた。アリオスは、淡いオレンジ色のイブニングドレスに身を包んだ彼女をちらりと見て、微かに笑う。
「おまえの宇宙って、どの辺にあるのかと思ってさ。…こんな厄介な奴を女王にするなんて随分寛容な世界だからなぁ」
「……それって誉めてる?」
「誉めてるさ。……偉大な宇宙だってな」
「もーっ!」
たちまち膨れっ面になるアンジェリークを、楽しそうにアリオスは見つめた。だが、ふっと表情を曇らせると、空に視線を戻してぽつりと呟いた。
「……俺の事も受け入れてくれるのかなぁ」
「アリオス……」
アンジェリークは微かに陰った彼の瞳を見つめると、テラスの柵をぎゅっと握りしめるその手に自分の手を重ねて答えた。
「絶対大丈夫よ。アルフォンシアは優しい子だもの」
「おまえが言うと本当に大丈夫だと思えるから……不思議だよな」
「不思議……かしら?」
「ああ。おまえって、ほんと変わってるよな。おまえといると退屈しなくてすみそうだ」
「また馬鹿にしてるんでしょ?」
「……いいや。本気で言ってるんだぜ?」
アリオスはくすっと笑うと、アンジェリークの肩にそっと手を廻した。が、次の瞬間アンジェリークが甲高い声を出したものだから、何事かと目を丸くしてしまった。
「あーーーっ! 忘れてたっ!! レイチェルにあなたの事なんて説明しょうかしら? そうよ、それを相談しょうってずっと考えてたの。やっぱり本当のこと言った方がいいんだろうけど、あなたが実はレヴィアスの分身で……なんて言って信じて貰えるかしら?」
アリオスは、まだ何か言いたげなアンジェリークを自分の方に向けさせて軽いため息をつく。
「……あのなぁ。少しはムードってもんを考えろよ、おまえは」
「えっ? だって重要なことじゃない。レイチェルは今まで独りで頑張ってくれてるのよ。その彼女にお土産もなしで……。あんっ、そうだお土産っ! やだ、すっかり忘れてたわ。せっかく可愛いアクセサリーみつけてたのにーっ。どうしよう、買う暇なかったからって言い訳が通用すると思う?」
「……わかった、わかったよ。……おまえの言いたい事は」
アリオスがはぁっとため息をつくのを、不思議そうに見上げてアンジェリークは呟いた。
「わかってくれたの? じゃあ、どうしたらいいか相談にのってくれる?」
「……いいぜ。じゃ、教えてやるよ」
アンジェリークは無邪気に彼の目を覗き込んでくる。次になにか言ってくるのを、期待を込めて待っていた。アリオスは可笑しさを堪えて彼女に答える。
「そうだな。ここはまぁ、とりあえず…」
アリオスはにこりと笑う。
「うんっ」
アンジェリークは彼の次の言葉をじっと待っていた。
「……いいから黙って目つぶれよ」
「アンジェ、アリオス! あのねぇ、皆が主役は何処行ったって…わあっっ! ご、ごめんなさいっっ!!」
メルは勢いよくガラス扉を開け、唇を重ねる二人を見て慌てて扉を閉める。
そしてカーテンをじゃーっと後ろ手に閉めてホーッとため息をついた途端、声をかけられてまた慌てふためいた。
「メルさん、二人はいましたか?…どうしたんですか」
「え、わーっ、覗いちゃだめっっーっっ!!」
メルは、カーテンの隙間から外を見ようとするティムカを慌てて目隠しする。
「こ、子供は見ちゃいけないのっ!」
「メルさんだって子供じゃないですか」
「メルはティムカさんより年上だもん!」
二人で大騒ぎしていると、トンとメルは背中を扉で押されて、思わずつんのめった。
「隠れんぼでもやってんのか? おまえら」
「ア、アリオスッ、アンジェ!」
メルはおたおたと動揺する。何だか、心なしかアンジェリークの顔が赤くなっているように思えて、ますます慌ててしまってうまく説明ができない。そんなメルを不思議そうに見た後、事情を知らないティムカはにっこり笑って答えた。
「お二人を探しに来たんです。せっかくだから、主役のお二人にダンスを披露して欲しいって皆さんがおっしゃって」
「できるかっ! 何考えてんだ、あいつら」
アリオスはさも迷惑そうにぷいっとそっぽを向く。彼らが冷やかしと余興のつもりでそう言っているのが手に取るようにわかる。
そんな酔狂なことに付き合ってられるかと再びテラスに戻ろうとすると、なにやらアンジェリークが思案しているではないか。
「私、フォークダンスしか踊れないけど…それでもいいのかしら」
アンジェリークはうーんと考え込む。アリオスは言い知れぬ脱力感に襲われ始めていた。
「……おまえ、やる気かよ」