陰陽夢

(22)

「何故よけなかったのだ?」

ジュリアスは壁に寄り掛かり、肩で息をするカインを睨みつける。

「ふッ…おかしなことを言う。我らを倒すのがお前達の目的ではないか」

カインは苦しそうに笑った。わき腹に突き刺さるジュリアスの小剣をゆっくりと引き抜くと、ほーっと息を吐く。

「我らはレヴィアス様のしもべ、あの方の存在のみが我らの支え。……我らの存在理由だ。レヴィアス様亡き世界など、何の意味も持たない」

「なんだと? 今、何と言った?」

「レヴィアス様のいない世界など……何の価値もないといったのだ」

「では…………レヴィアスは斃れたというのか?」

カインの吐き捨てるような答えに、ジュリアスは瞠目しロザリアを振り返る。彼女は口元を手で押さえながら、それでも事の成り行きをじっと見守っている。

ふたりのはた目にもほっとしている様子がわかって、カインはふっと軽く笑った。その皮肉っぽい笑いに、ジュリアスは表情を引き締め、カインを見下ろして低い声を発した。

「……何がおかしい……?」

「…お前達も我らと同じだと思ってな、光の守護聖よ。女王の為に、その存在ゆえに永き時を生きる。くっ………哀れなことだ」

「何だと!」

ジュリアスが気色ばむのを面白そうに見上げながら、カインはもう一度ふうっと深呼吸をして目を閉じた。

『レヴィアス様………今、参ります……』

現れた時と同じように霧となって消えゆくカインをじっと見つめながら、ジュリアスはつぶやいた。

「我らはお前達と同じ道は歩まぬ。……仲間がいるとは…そういう事だ」

 

「ランディ、ごめんなさい。私の為に………」

ふらふらと蹌踉めきながら、それでも彼女の側に来ようとするランディを見上げ、アンジェリークはぽろぽろと涙を零した。

『動けない身体がもどかしい。……こんなになっても助けに来てくれたあなたを、支えてあげられない自分が情けない……』

俯いて嗚咽する彼女を、ふわっと暖かい手が抱きしめた。

「………俺の方こそごめん。君を守るなんて偉そうに言ってたくせに……なんにも出来なかった。俺はこんなところに、君を独りぼっちにさせてしまったんだ……許してくれ、アンジェリーク」

ランデイは抱きしめる腕に力を込めると、アンジェリークの金色の髪に顔を埋める。ふわっと彼女の髪の香がランディの鼻孔を擽り、溜らなくなってもう一度しっかりとアンジェリークを抱きしめた。

アンジェリークは目を閉じるとランデイの背中に手を回した。しかし微かに漂う血の匂いが、彼女を躊躇わせた。溢れてくる涙を隠すように、アンジェリークはぶんぶんと首を振ってランディにしがみついて答えた。

「ううん………来てくれたじゃない。守ってくれたじゃない。ありがとう、ランディ。だからもう……心配させないで」

ランディはぎゅっとアンジェリークを抱きしめたまま、耳元でそっと囁いた。

「……帰ろう、アンジェリーク。みんなのところへ。仲間達のところへ。俺はいつも君の側にいるよ。これからはずっと……」

 

「も、もう、た、戦う意味はないんだよ…ジョヴァンニ…。だ、だって…」

斃れてもなお抵抗しようとするジョバンニを見つめて、ルノーは囁いた。

『……レヴィアス様は、もうここにはいないんだもの…』

ルノーは自分が消えていくのが少し恐かったが、やっと全てから開放されたような気がしていた。

優しい光が自分の身体中を包む。

『……レ、レヴィアス様? …そこにいるの?』

見上げると、懐かしい人が微笑みながら呼んでいる。

『早く来いよ。……さあ、ルノー』

「……お兄ちゃん…」

マルセル達の目の前でルノーは一声つぶやくと、霧となってかき消えた。

「……君は最後まで……お人好しだね、ルノー」

ジョヴァンニは、絶えきれなくなってその場に膝を着く。はあっと一息いれると地面に手を突いて俯きながら自分自身を嘲笑した。

「おかげで僕まで…おかしくなっちゃったよ。君一人だと寂しいだろ? 仕方がないからさ、僕も一緒に行ってあげる…。じゃあね、宇宙を救った英雄さん達。また遊べるといいね……」

ぐらりとジョヴァンニの身体が傾いだ。慌てて手を差し伸べたマルセルの指先を「ジョヴァンニだったもの」が、するりとすり抜けていった。

 

「どういうことでしょう、これは…?」

エルンストは、メルを庇うように立ちながらつぶやく。今、まさに彼に切りかかろうとしていたウォルターが、突然目の前から消えていったのだ。

「一つしか考えられまい…。皇帝が倒れたのだろう……」

微かに残る砂になったゲルハルトの残骸を見下ろして、クラヴィスは答える。

「じゃあ、アンジェ達が勝ったってことなの、クラヴィス様?」

メルはエルンストにしがみついたまま、クラヴィスを覗き込んだ。

しかしクラヴィスは、何も答えなかった。

「あなたは私に似ていますね、とても…」

ユージィンはリュミエールを見つめて微笑む。その身体は少しづつ大気に溶け出していた。

「私をかたどったのですから、当然でしょう」

リュミエールは悲しげにつぶやく。敵とはいえ、目の前から一つの命が失われつつあることが彼には辛かった。

「姿ではありませんよ、水の守護聖殿」

「え?」

「報われぬと知りながらも、なおその存在を求めてやまない。自虐的ですね…。彼を救おうなど思い上がりだ。あなたにはそんな力はない」

「私は……っ!」

ユージィンの罵るような口調につられて、リュミエールは思わず叫んだ。

しかし彼の声は、もうユージィンには届かなかった。