陰陽夢

(21)

「君、しぶといね」

ショナは呆れていた。

『どうしてこんなに一生懸命なんだろう。こんなにボロボロになってるのに、まだあきらめないなんて』

ランディはショナを睨みつける。

肩を激しく上下させ、苦しそうに立って息をしている。まさに満身創痍だった。

ショナの攻撃は少しずつ相手の体力を奪い、動けなくするものだった。急所こそ何とか免れていたが、ランディは体中に傷を負っていた。一つ一つは浅いものだが、全身となると激しく体力を消耗する。彼が今立っていられるのは、ただ精神力だけだといえる。

「…いいよ。今、楽にしてあげる。君の顔はもう見たくないから」

ショナは小剣を右手で持ち、切っ先を高く上げてランディの眉間をぴたりと指し示した。

「そ、れはこっち、のせりふだ…」

ランディも崩れそうになる足をふんばり、剣を左わきに構え重心を落とす。

「……終わりにさせてもらうからな」

「それはこっちの台詞だよ。……馬鹿な風の守護聖さん」

「うるさいっ!!」

言うが早いか気合いとともにランディが走りだした。だが先程までのスピードはもうない。

『やっぱり僕の勝ちだよ、風の守護聖さん…』

ショナは軽く笑う。気力だけで戦っているランディの動きなど、手に取るようによく分かった。

自分の死も人の死も、対して違いはない。今動いているものが動かなくなるだけだ。動けなくなる事から必死で逃げようとして抗うランディが、ショナにはとても理解不能な生き物に見えた。

不愉快だった。……だが、それももう終わる。

「大丈夫だよ。すぐに女王さんにも後を追わせてあげるから………寂しくないよ。そう、お姉ちゃんと同じところへ…ね」

『………ショナ…』

自分の名を呼ぶ声に、ショナははっとなって顔をあげる。誰かが優しく声をかけ、その手が自分の頬を撫で消えていった。

ショナの構えた剣がすっとその手から落ちる。呆けたようにその場に立ち尽くしてしまう。

「……レヴィアス様…?」

鈍い音がしてショナは我に返った。ると目の前に、ランディの爛々と輝く青い瞳があった。

ショナは胸元に刺さった剣の刃を確認するように指先ですっと撫でると、やがてゆっくりと倒れていった。

「ど……うして? よけようと思えばよけられたはずだ。もう俺には力は残っていなかったんだから」

「……レヴィアス様のいない世界なんて興味ないもの。別に死ぬのも……怖くないしね」

ショナの物言いにランディは驚いた。

「死ぬ事が怖くない? 何言ってるんだ? いやそれより、レヴィアスのいない世界って……」

「僕の居場所はあそこしかない。レヴィアス様の側にしか……ないんだ」

ショナはほうっと息を吐くと、そっと目を閉じた。

目を閉じる瞬間、昔、自分が殺した姉の顔が見えたような気がした。

『そんな事ある訳ない……きっと気のせいさ……』

大気に溶けるようにして、ショナの身体はゆっくりと消えていった。

 

オスカーは焦っていた。

『はやく片づけなければ。……ジュリアス様達はご無事だろうか?』

だが……心の中にもう一人。手応えのある相手に巡り逢えて喜んでいる自分がいる事も分かっていた。

『初めてだぜ。こんなに使える奴は。…いや、いたな一人』

カーフェイはオスカーを見つめたまま艶やかに微笑む。剣を優雅に構えて立つその姿は、いにしえの神話の人物のようにも見える。

それを黙って見つめ返し、オスカーは苦笑する。

『姿だけじゃなく、技量まで似ているとはな。……嫌な奴だぜ』

カーフェイは構えを解かずにじっと自分を見つめ返すオスカーに、剣の切っ先を向けて訊ねた。

「どうした。もうお終いか?」

「もう少し相手をしてやりたいところだが、俺もなかなか忙しい身でね」

オスカーはふっと身体の力を抜いて戯けたように軽く肩を竦ませると、剣を鞘に収めて柄に手をかけて腰を落とす。

「……そろそろ終わらせてもらうぜ」

「いいだろう…」

カーフェイもニヤリと笑い、オスカーと同じ体制をとって囁いた。

「ラストゲーム、といこう」

 

同時に詰め寄った二人のスピードは互角だった。

しかしカーフェイは、走り込みながら窓から差し込む僅かな光に左手を翳す。

カーフェイの左手のブレスレットが光を反射し、剣を抜いて踏み込んだオスカーの目を素早く捕らえた。

「くっ!」

眩しさに目をそらす、そのわずかな隙をカーフェイは見逃さなかった。目を僅かに開けた瞬間、オスカーの左肩に激痛が走った。

そしてそのままカーフェイに押される様にして壁に叩きつけられ、思わずぐっと息を詰める。激痛に耐えながらも自分を睨みつけるオスカーの青い瞳を、目を細めて覗き込みながらカーフェイは囁いた。

「……いい顔だ。知っているか? 獣は、どんな相手でも全力で倒すものだって事を。ふっ……かろうじて急所は外したか……さすがだな」

ぎりっと剣を捻ると、オスカーが微かに呻く。その左肩を貫く剣から滴る血を見て、カーフェイは再びにやりと笑った。

そして、ゆっくりと身体を傾けその場に崩れ落ちていく。彼の胸元には、オスカーの長剣が深々と突き刺さっていた。

オスカーは自分の肩に刺さる剣を引き抜くと、ふうっと一息ついた。そして倒れたカーフェイをじっと見下ろす。

「……前言撤回だ。お前はあいつの足下にも及ばなかったぜ」

自分の肩から抜き取ったカーフェイの剣を、段々と大気に溶け出してゆく主の上に投げ捨てる。

カシャーン…………ッッッ。

金属の立てる高い音がわんわんと辺りに反響し、やがて静寂が戻る。

もう原形を留めなくなっているカーフェイを振り返ろうともせずに、オスカーはジュリアス達が向かった方へと歩き出した。

「……ゲームセットだ」