アンジェリークは決着をつけると自分に誓っていた。もう迷わない、と決めたはずだった。
けれど……宮殿の最深部、天にも届くような祭壇の間で、悠然と待ちかまえる皇帝の姿を目にした瞬間、彼女は全身の力が抜け、その場に座り込んで泣きたくなってしまった。
「我はレヴィアス。宇宙を統べる者。……よくきたな、小さき者達よ」
懐かしいあの声で、彼は冷たく言葉を紡ぎだす。
「ど、うして……」
いつもいたずらっぽく覗きこんできたその瞳に、今は金と碧の冷たい光が宿っている。
「アリオスか。……そんな者もいたな」
皮肉ばかり言っていたけれど、時々そこに浮かぶ微笑みが大好きだった唇の端を、微かに歪めて彼はアンジェリークを睨みつけた。
「あれは我が影、幻の存在。我が力を完璧な物とする為、糧となり消滅した」
ゼフェルは驚いて立ち尽くす。そしてジョヴァンニ達の言葉を思いだしていた。
『彼は死んじゃいない。元の姿に戻っただけ』
「吸収されたって事でしょうか?」
いつの間にか、ルヴァがゼフェルの側に歩み寄りのんびりと問いかけた。この非常時でも変わらないこいつのペースっていったい……とゼフェルは思わずまじまじと見上げしまう。
「…吸収?」
「ええ。おそらくアリオスは彼の分身のような存在だったのでしょう。
もう一人のレヴィアス、と言った方がわかりますかねぇ。もっともアリオス自身はそんな事は知らなかったようですけど」
ゼフェルはルヴァのおっとりとした物言いに安心して、ようやくいつものペースを取り戻したようだ。鼻をフンと鳴らすと、皮肉一杯に笑いながら先を引き取った。
「じゃあ予想外に俺らが抵抗したから、こいつは焦ったってことか。で、一度は排除したあいつを……」
「再び取り込んだということですか。……己の野望のために」
ぎりっと歯噛みをすると、ヴィクトールは拳を握りしめレヴィアスを睨み付ける。
「ふーん。そういうからくりだったんだ。どうりで死体が残らずに剣だけがあったはずだね」
オリヴィエは呆れたように肩をすくめてから二三歩前に進むと、その場で立ちすくむアンジェリークの肩をそっと叩いて、耳元で優しく囁いた。
『ほら、しっかりしな。……もう迷わないんだろう?』
「……クッ。大したものだ。我を最後までてこずらせただけの事はある」
レヴィアスは心底楽しそうだった。
「確かにあれは我が分身。いや、我自身やもしれぬ。もしそうだとしたら…」
そう嘲笑すると冷たい微笑みを浮かべた顔をアンジェリークに向け、無言で見上げてくる少女に右手を差し出した。
「我が手を取らぬか、アンジェリーク? 共に悠久の時を巡ろう。
ここまで迷うことなくやって来たおまえに敬意を表してな。愉快だとは思わぬか?我が妃となって共にこの宇宙を収めるという筋書きは……?」
「何だと!」
「ってめー!!」
「私を本気で怒らせる気かい、あんた!?」
その場にいた全員が、一斉に身構えた。次にレヴィアスが何か一言でも言ったら飛びかかってやるといわんばかりの空気が辺りに漲り始める。しかしアンジェリ?クは黙ってレヴィアスを見つめ、やがて視線を逸らすことなくはっきりと言葉を紡ぎだした。
「あなたが求めているのは私じゃないわ。エリスさん……でしょう?」
レヴィアスの眉がぴくりと上がる。アンジェリークは顔を上げたままだったが、ふと視線に込めた力を緩め、彼に哀れむようなまなざしを向ける。
「彼女に逢ったわ。虹の森で私に話しかけてきてくれた。あなたを……レヴィアスを見守る者だと言っていた」
「エリス…が」
「彼女泣いていたわ。ごめんなさいって私に謝ってた……」
「……」
「私は彼女とは違うの。エリスさんの代わりにはなれないわ。……そして」
アンジェリークは再び真っ直ぐにレヴィアスを見つめる。先程までの哀れみはもうそこにはない。強い意志と決意を秘めたその瞳は、強く明るく輝いていた。
『…いつものあの子だ。……やっと戻ってきてくれたんだね』
オリヴィエは、その瞳の輝きを見れただけで嬉しかった。
たとえ振り向いてくれなくても、その瞳の光が戻ったのが自分の為でなくても、いつもの彼女がそこにいる。
ただ……それだけでよかった。
「あなたも彼じゃない。アリオスの代わりにはなれない。だから…あなたを倒すわ、皇帝レヴィアス!」