陰陽夢

(16)

アンジェリークは覚悟を決めていた。

もう何があっても、前に進むと……。

だが、そこにたどり着くまでに彼女は何度も足止めされた。

皇帝の幹部達=守護聖の姿を借りた彼らに、ことごとく行く手を阻まれたのだ。

 

皇帝レヴィアスが待つ城の玄関を勢い良く開けると、そこには薄ら笑いを浮かべるマルセル(ジョヴァンニ)と、彼の傍らでぎゅっと魔道の杖を握りしめるルヴァ(ルノー)が立っていた。

「……全員で相手することはない。ここは俺らが引き受けるさかい、はよ先進んでや!!」

身構えるアンジェリークと彼らの間にすっと割り込むと、商人=チャーリーは振り向かずに叫んだ。するとその隣でセイランが軽くうなずく。

「聞き分けのない子供には、お仕置きをしなくちゃいけないんだよ。そうしないと、立派な大人になれないからね」

「あんたがそれ言うんか?」

思わず突っ込むチャーリーを無視して、セイランはすっと細い指を前方に差しだした。そのまま魔法の詠唱に入る彼の横で、ティムカが弓をきりっと引き絞る。

「行って下さい、アンジェリーク。僕らが何とかしますから」

「うん、もう怖いなんて言ってられないもんね」

「ティムカ様、マルセル様…」

「さ、はやく!」

マルセルがアンジェリークの背中を軽く押した。つんのめるように二三歩踏み出すと、アンジェリークはしばらく躊躇い、やがて後ろを振り返りながら走りだした。

「……絶対無理しないで下さい、皆さん! 必ず一緒に…」

「うん、みんなで聖地に帰ろうね!」

アンジェリークの背中が見えなくなるのを確認すると、マルセルとティムカは頷きあう。そしてセイランが最後の呪文詠唱を終わるのと同時にティムカの弓から矢が放たれ、チャーリが後を追うようにチャクラムをその手から解き放つ。

そしてマルセルは唇にフルートを当てて目を閉じると、ゆっくりと安らぎの音色を奏で始めた。

 

「大したもんだね。ここまで来たよ、こいつら」

ランディ(ウォルター)は嬉しそうにオスカー(ゲルハルト)に話しかけた。

「いや、恐れ入ったぜ、お前達。こりゃ思う存分楽しめそうだ」

「喜んでいる場合ではありませんよ、二人とも」

リュミエール(ユージィン)は自分と同じ姿の水の守護聖に微笑みかける。

本当のリュミエールは、ぎゅっとハープを握りしめて視線を落とし、僅かに聞き取れる声で呟いた。

「ここは私が引き受けましょう。先に行って下さい、アンジェリーク」

「リュミエール様…」

アンジェリークがリュミエールの腕にそっと触れると一瞬びくりと身体を震わせ、やがて何かを決意したようにアンジェリークに向き直った。

そこにはいつもの彼らしくない、厳しい表情を浮かべた水の守護聖の姿があった。

「あなたにはまだすべき事があります。ここで倒れるわけにはいかない。…違いますか?」

「でも…」

「守るべきものの為には戦わねばならない時もある……それを教えてくれたのはあなたなのですよ、アンジェリーク。そして今は…」

リュミエールは、無意識のうちにハープを握る手に力を込める。

すると見る見るうちに彼の身体から柔らかい光りが溢れだし、それは水のオーラとなって彼自身を守るバリアのように全身を覆い始めた。

「……その時だと思うのです。…わかって下さいますか?」

アンジェリークは肩に置かれたリュミエ?ルの手に自分の手を重ね、こっくりと頷いた。そしてリュミエールの青い瞳を見上げながら言葉を紡いだ。

「約束して下さい。必ず……」

リュミエールは、いつもの彼に戻ってその先の言葉を続けた。

「ええ。…みんなで一緒に聖地に帰りましょう」

その言葉と、リュミエールのおだやかな笑顔に微笑みを返すと、アンジェリークは身体をすっと引いて再び走り出した。

後ろを振り返ることなく、ただ前だけを見て。

 

彼女の後ろ姿を見送って、リュミエールは安堵のため息を漏らし再び正面に視線を戻す。すると彼の耳元に、いつもとなんら変わる事のない呆れたような呟きが聞こえてきた。

「おまえだけでは荷が重かろう」

「クラヴィス様!?」

リュミエールは驚いて、敵が前にいる事も忘れて振り返った。

するといつの間にそこにいたのか、クラヴィスが後ろに立っていたのだ。

リュミエールの驚きなどまるで関知せずに、クラヴィスは口の中で呪文の詠唱を始めた。その彼を庇うように、これもいつからいたのかわからないエルンストがすばやく前に立ち、リュミエールに照れ臭そうに微笑みかける。

「私にもお手伝いさせて下さい。…この程度の事しかできませんが」

「メルも頑張る。ね、リュミエール様。みんなで帰ろうよ」

メルはリュミエールの袖をひっぱり、彼と視線が合うとほっとしたように無邪気ににっこりと笑い返してきた。

「エルンスト、メル…」

リュミエールは口元をすっと押さえる。だがやがて顔を上げると、力強くメルに頷き返した。

 

「打ち合わせは終わった? じゃ、遠慮なく」

「行かせてもらうとするか!」

ウォルターとゲルハルトはひゅんと音を立てて剣を振るう。そして嬉しそうに微笑むと、左右から4人めがけて突進してきた。

その時、クラヴィスの身体から召喚された獣魔が、咆哮と共に彼らに向かって行く。エルンストが身構え、リュミエールが天に上げた指の先から、光のシャワーが辺り一面に降り注ぎ始める。メルは両手を組むようにしてゆっくりと前に伸ばす。

すると彼の身体から溢れ出す紅い光が、敵の正面に立って盾になっているエルンストの身体を覆い始めた。

そして両者は、真っ向からぶつかり合った。