ランディは走っていた。呼び止める声が後ろから聞こえたような気がしたが、足を緩めるつもりはなかった。
「待っててくれ、アンジェリーク。今、行くから!」
階段を3段飛ばしで駆け上がり、手すりを飛び越える。すとんと地面に足を着くと、一息いれてすぐに走り出す。壁に突っ込むほどの勢いで角を曲がると、突当りに彼女が蹲っているのが確認できた。頭をたれて肩で息をしているのが遠目からでもわかり、思わず握りしめた手の平に、じんわりと汗をかいてしまう。
「アンジェリーク!」
ランデイは叫びながら、さらに速度をあげた。
彼の声が聞こえたらしく、俯いた金色の髪が微かに揺れる。彼女はふっと顔を上げてランディの姿を認めると、弱々しく微笑んで唇を開いた。
「ラ……ンディなの…?」
ランディは思わず手を伸ばした。アンジェリークもすっと右手を挙げるが、二人の手は目の前に突然現れた人物によって遮られ、重なり合うことはなかった。
「……渡さないよ」
ランディはくっと息を詰めると立ち止まり、目の前で虚ろに自分を見つめる鋼の守護聖を思いきり睨みつけた。
「おまえ……ゼフェルじゃないな? いいからそこを退けっ!」
「まだ彼女は渡せない。レヴィアス様が完全に力を吸収したわけじゃないからね」
鋼の守護聖の姿をした少年=ショナは無表情のままでランディを見つめ続ける。
その空洞な視線に堪え兼ね、ランディは腰の剣に手をかけ怒鳴りつけた。
「早くどけっ! どかないってんなら……」
そう言うと素早く剣を抜いて身構える。
ショナはここに来てようやく、ほんの少し笑った。
「どうするつもり? 僕を……殺すの?」
「おとなしく立ち去れば何もしない。俺は彼女を助けたいだけだから」
「そう。……でもね、それをさせる訳にいかないんだ。だからね……」
ショナも剣を抜いた。だがそれは、身構えるでもなくただ右手に握っているだけだったが。
「いいよ、僕を殺しても。……君にそれが出来るんだったらね」
ショナの馬鹿にしたような言葉に、ランディはかっと頭に血が上る。
そして両手でもう一度剣を握り返すと、間合いに一瞬で入り込み剣を振り下ろしながら叫んだ。
「つくづく分かったよ。俺はやっぱりっ!」
ショナは右手をあげ、刃を己の剣で受け止めた。
2本の刃がこすれ合い、高い音と火花が辺りに飛び散る。
「…何が? どう分かったの?」
ショナはランデイに押さえ込まれながらも、涼しい顔で問いかける。
「……この手の顔した奴とは、反りが合わないって事がわかったんだよっっ!!」
「ここは私が引き受けます。ジュリアス様は補佐官殿と早く陛下の元へ」
オスカーは長剣を構えると、寄り添うように立っているジュリアスとロザリアに目配せする。
「しかし…」
「危険ですわ、オスカー」
躊躇う二人をちらりと振り返り、すぐに視線をまた正面のカーフェイへと戻して睨みながらも、オスカーは軽く微笑んだ。
「なに。この程度の敵、私一人で十分です。……さぁ、早く」
「……わかった。後はまかせる。……行くぞ、ロザリア」
「…ご武運を。くれぐれも無茶をしないようにね」
ジュリアスはロザリアの手を取るとくるりと踵を返し、後ろ髪を引かれる思いのまま走り出した。
カーフェイは、そんな3人のやり取りを実に楽しそうに眺めている。オスカーはその態度が気に入らなくて、僅かに舌打ちをすると低い声で問いかけた。
「何がおかしいんだ?」
「どのみちこの塔から逃げることは出来ない。好きにするといい。それより…」
カーフェイはそう言うと、目を細めてオスカーを見つめる。
「おまえが一番手ごたえがありそうだったからな」
「…それは光栄だな。だが俺は、女性のお誘い以外は断る事にしているんでな」
オスカーはふっと軽く笑うと、腰に差した剣をすらりと引き抜き、両手で剣を握って胸の前に斜めに構える。
「……悪いが、一気にかたをつけさせてもらうぜ!」
そう叫んだかと思うと、素早くカーフェイに走り寄って間合いを詰め、薄ら笑いを浮かべたままのカーフェイめがけて斜め下から剣を一気に切り上げた。
その切っ先を紙一重で躱したカーフェイだったが、振り下ろされた刃が再び彼を襲う。しかしこれもぎりぎりで躱し、カーフェイは嬉しそうに叫んだ。
「ハハハ、思った通りだ。おまえは……最高の獲物だよ!」