陰陽夢

(14)

ランディは走っていた。呼び止める声が後ろから聞こえたような気がしたが、足を緩めるつもりはなかった。

「待っててくれ、アンジェリーク。今、行くから!」

階段を3段飛ばしで駆け上がり、手すりを飛び越える。すとんと地面に足を着くと、一息いれてすぐに走り出す。壁に突っ込むほどの勢いで角を曲がると、突当りに彼女が蹲っているのが確認できた。頭をたれて肩で息をしているのが遠目からでもわかり、思わず握りしめた手の平に、じんわりと汗をかいてしまう。

「アンジェリーク!」

ランデイは叫びながら、さらに速度をあげた。

彼の声が聞こえたらしく、俯いた金色の髪が微かに揺れる。彼女はふっと顔を上げてランディの姿を認めると、弱々しく微笑んで唇を開いた。

「ラ……ンディなの…?」

ランディは思わず手を伸ばした。アンジェリークもすっと右手を挙げるが、二人の手は目の前に突然現れた人物によって遮られ、重なり合うことはなかった。

「……渡さないよ」

ランディはくっと息を詰めると立ち止まり、目の前で虚ろに自分を見つめる鋼の守護聖を思いきり睨みつけた。

「おまえ……ゼフェルじゃないな? いいからそこを退けっ!」

「まだ彼女は渡せない。レヴィアス様が完全に力を吸収したわけじゃないからね」

鋼の守護聖の姿をした少年=ショナは無表情のままでランディを見つめ続ける。

その空洞な視線に堪え兼ね、ランディは腰の剣に手をかけ怒鳴りつけた。

「早くどけっ! どかないってんなら……」

そう言うと素早く剣を抜いて身構える。

ショナはここに来てようやく、ほんの少し笑った。

「どうするつもり? 僕を……殺すの?」

「おとなしく立ち去れば何もしない。俺は彼女を助けたいだけだから」

「そう。……でもね、それをさせる訳にいかないんだ。だからね……」

ショナも剣を抜いた。だがそれは、身構えるでもなくただ右手に握っているだけだったが。

「いいよ、僕を殺しても。……君にそれが出来るんだったらね」

ショナの馬鹿にしたような言葉に、ランディはかっと頭に血が上る。

そして両手でもう一度剣を握り返すと、間合いに一瞬で入り込み剣を振り下ろしながら叫んだ。

「つくづく分かったよ。俺はやっぱりっ!」

ショナは右手をあげ、刃を己の剣で受け止めた。

2本の刃がこすれ合い、高い音と火花が辺りに飛び散る。

「…何が? どう分かったの?」

ショナはランデイに押さえ込まれながらも、涼しい顔で問いかける。

「……この手の顔した奴とは、反りが合わないって事がわかったんだよっっ!!」

 

「ここは私が引き受けます。ジュリアス様は補佐官殿と早く陛下の元へ」

オスカーは長剣を構えると、寄り添うように立っているジュリアスとロザリアに目配せする。

「しかし…」

「危険ですわ、オスカー」

躊躇う二人をちらりと振り返り、すぐに視線をまた正面のカーフェイへと戻して睨みながらも、オスカーは軽く微笑んだ。

「なに。この程度の敵、私一人で十分です。……さぁ、早く」

「……わかった。後はまかせる。……行くぞ、ロザリア」

「…ご武運を。くれぐれも無茶をしないようにね」

ジュリアスはロザリアの手を取るとくるりと踵を返し、後ろ髪を引かれる思いのまま走り出した。

カーフェイは、そんな3人のやり取りを実に楽しそうに眺めている。オスカーはその態度が気に入らなくて、僅かに舌打ちをすると低い声で問いかけた。

「何がおかしいんだ?」

「どのみちこの塔から逃げることは出来ない。好きにするといい。それより…」

カーフェイはそう言うと、目を細めてオスカーを見つめる。

「おまえが一番手ごたえがありそうだったからな」

「…それは光栄だな。だが俺は、女性のお誘い以外は断る事にしているんでな」

オスカーはふっと軽く笑うと、腰に差した剣をすらりと引き抜き、両手で剣を握って胸の前に斜めに構える。

「……悪いが、一気にかたをつけさせてもらうぜ!」

そう叫んだかと思うと、素早くカーフェイに走り寄って間合いを詰め、薄ら笑いを浮かべたままのカーフェイめがけて斜め下から剣を一気に切り上げた。

その切っ先を紙一重で躱したカーフェイだったが、振り下ろされた刃が再び彼を襲う。しかしこれもぎりぎりで躱し、カーフェイは嬉しそうに叫んだ。

「ハハハ、思った通りだ。おまえは……最高の獲物だよ!」