「少し休もうよ?、ねぇ、ロザリアぁ?」
後ろから間の抜けた声が聞こえて、ロザリアはつい苛立って立ち止まる。
「あんたねぇ。……アンジェリーク?」
振り向くと、金の髪の女王は座り込んでいた。顔色がひどく悪い。駆け寄って抱きかかえると、アンジェリークはぐったりとロザリアに身体を預けてきた。
「しっかりして下さい、陛下。必ず皆が助けに来ますから」
ロザリアが励ますようにアンジェリークの顔を覗き込むと、彼女は弱々しく微笑みロザリアの唇に人さし指をそっと当てる。
「……二人っきりの時は、アンジェリークって呼ぶ約束よ」
「そう……だったわね」
アンジェリークはほっと息を吐いた。呼吸するのも辛いのだろうか。
「……少し休みましょう。幸い追手もないようだし」
ロザリアはアンジェリークを壁にそっともたれかけさせ、額の汗を拭ってやる。
「ごめんね、ロザリア。……迷惑ばっかりかけてるね、私」
「何言ってるの。今に始まった事じゃないでしょう? とっくに覚悟してるわよ」
ロザリアは立ち上がると、辺りの様子を伺った。邪悪な気配はとりあえず感じられない。
「いいこと、アンジェリーク。ここでじっとしているのよ?」
「……どこ行くの?」
「出口を見てくるわ。大丈夫、すぐ戻ってくるから」
「……無茶しないでね」
安心させるようにアンジェリークの肩を軽く叩くと、階段の方へ小走りに向かって行った。
『……この塔がこんなに不気味に感じられるなんて』
ロザリアは自分自身を抱きしめる。
補佐官になって、最初にここを案内された時のそれとは明らかに違う気配がした。何だか、世界中で自分だけとり残されたような気がしていた。
「あの時は……あの方が隣にいらっしゃったんだわ」
ディアとアンジェリーク。そして……。
「ロザリア!」
後ろから声をかけられ、驚いて振り向く。今考えていた人が、今一番会いたい人がロザリアの目の前に立っていた。
「……ジュリアス、さ、ま?」
我知らず、ロザリアは走り出していた。
「無事でよかった…」
ジュリアスはほっと一息つく。彼の腕の中で、ロザリアは震えていた。
気丈に堪えていたのだろう。自分の顔を見た途端、緊張の糸が切れたように嗚咽する彼女の肩を優しく抱きしめて、励ますように囁きかけた。
「もう大丈夫だ。よく頑張ってくれたな」
「へ…いかが……」
ジュリアスはまだ震えているロザリアの顔を覗き込むと努めて優しく、だがはっきりと問いかける。
「陛下がどうなされたのだ?」
「…この先で休んでおられます。皇帝に力を奪われて、ひどく衰弱されたご様子で……」
「俺……行きますっ!」
それまでジュリアス、オスカーの後ろに黙って立っていたランディは、ロザリアの言葉を聞いた途端きっと顔を上げると、三人の脇を向けて脱兎のごとく駆け出して行った。
「ランディ!」
「坊や!無茶するんじゃない!」
聞こえないのか、小さくなっていくランディの後ろ姿を見ながら、慌てて止めよう身を乗り出したオスカーの前に、突然何かがゆらりと立ちふさがった。
しかもその影は、あざ笑うように話しかけてくるではないか。
「……何処へ行くつもりだ?」
ぼやけた輪郭が段々と人型をとってゆく。それはやがて、いつも見慣れた姿へと徐々に変化していった。三人は我が目を疑いながら、呆然と立ち尽くす。
「まさ、か……」
「オリヴィエ…か?」
「なんだ……と?」
夢の守護聖を模したその人物はふっと首を振ると、伏せていた顔を上げる。
端正なオリヴィエと同じ面立ちと爛々と光る紅い瞳を唖然とする一行に向け、艶やかに、だがひどく残酷に微笑んでみせた。
「俺はカーフェイ。…さあ、ゲームを始めよう…」